2018年7月24日火曜日

Twenty Candles


作詞:売野雅勇
作曲:大村雅朗
編曲:大村雅朗

奈保子さん、お誕生日おめでとうございます!

奈保子さんとご家族の皆様がお元気にお過ごしになられていることをお祈りしながら、たくさんの奈保子さんファンの方々とともに、今年もこの日をお祝いしたいと思います。

お誕生日と言えば、やっぱり「It's a Beautiful Day」(1983年7月21日発売)ですよね。奈保子さんの二十歳を記念して制作されたミニ・アルバムです。フルサイズのLPに片面3曲ずつ、45回転で収録されています。音質面でかなり有利ですね。当時は、アコースティックなサウンドからシンセサイザーや打ち込み系のサウンドに急速に変化していた時代ですが、ここで起用されているアレンジャーたちのセンス故か、奈保子さんの声質に寄り添った上品な音作りがなされていると感じます。(アレンジは鷺巣詩朗さん、瀬尾一三さん、大村雅朗さんがそれぞれ2曲ずつ担当。)

アルバムに収録された6曲は、誕生日をお祝いするアルバムにふさわしく、ちょっぴり甘く、ちょっぴり感傷的な曲がほとんどです。しかし、今回取り上げる「Twenty Candles」だけは、大人路線(挑発路線)へと急速に舵を切ることになった13thシングル「エスカレーション」(1983年6月1日発売)と同じ方向を向いていて、このアニバーサリーアルバムの中でピリッとした辛口のアクセントになっています。

奈保子さんの曲では30曲以上のアレンジを担当している大村雅朗さんが、唯一作曲まで担当しているのが「Twenty Candles」です。昨年出版された『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』を見ますと、大村さんの本分は、やはり作曲ではなく編曲にあったと言えそうです(正確に数えたわけではありませんが、手がけた編曲が約1,700曲に対して、作曲はうち約120曲にとどまっています)。私は、歌謡曲における作曲家と編曲家の役割分担が一般的にどうであったのか、詳しいことはわかりませんが、例えば「スマイル・フォー・ミー」の大村さん編曲版と船山基紀さん編曲版とを聴き比べると、作曲家(ここでは馬飼野康二さん)が作った骨格に、いかに血を流し、肉を与え、どのようなキャラクターの生命体(=音楽)を作り出すかという実に重要な仕事が、編曲家の役割であることが分かってきます。大村編曲と船山編曲では、同じ曲とは思えないほど印象が違うのです。したがって、「編曲」は「作曲」以上に、そのアーティストのプロモーションにも影響してくる仕事と言えるかもしれません。大村さんが90年代に入り、アーティストのプロモーションの仕事を本格化させたいと語っていたのは、自然ななりゆきだったのでしょう。

奈保子さんのプロモーションを大村さんが担当していたら...などと想像してしまうことをお許しください。もしも大村さんだったら、特に「ハーフムーン・セレナーデ」以降の売り出し方やサウンドの傾向がまるで変わっていたでしょうし、奈保子さんにしても、その時その立場にいた売野雅勇さんより音楽の話は格段にしやすかったでしょうね。また、その時期、メインでアレンジを担当していた瀬尾一三さんは、単に“お仕事”として関わっただけで、奈保子さんの音楽に共感していたわけでも、その活動に協力的だったわけでもありませんので(※)、大村さんが付いていらっしゃったら、お二人の共同作業によってどんなに鮮やかなサウンドが生まれたか、想像するだけでもワクワクしてきます。

※昨年放送された「ラジオ瀬尾さん」参照(未聴の方は「ラジオ瀬尾さん+河合奈保子」で検索してみてください)。奈保子さん支持者としては、眉をひそめる言い方も瀬尾さんはされていました。

さて、「Twenty Candles」のアレンジは、大村さんのちょっと神経質なまでの感覚の鋭さがそのままサウンド化されたかのように、聴き手の皮膚に突き刺さるチクチクとした感触、あるいはヒリヒリとした痛みをリアルに伝えてきます。テンポも速く、一度聴き始めたら、聴き手はその危険な刺激から逃れることはできません。しかも、奈保子さんの歌が、他の曲での甘い歌声から一転、この曲ではアレンジの音調に完全に同化し、切れ味鋭いナイフのような蒼白い光を湛えています。二十歳の女性の“危うさ”を前面に出した売野さんの詞は相変わらずあまり好きになれませんが、ここでの大村さんの曲は、筒美京平さんの曲以上に直球で、疾走感がほとばしっていて、奈保子さんのポップスシンガーとしての新たな魅力を引き出しているようです。

例えば、サビの♪明日から20歳なの~を聴いてみましょう。細かくビートを刻んでいるのは実際はバンドだけで、奈保子さんの歌の音符を辿ってみると、どちらかと言えば動きの少ない、平坦なメロディーになっています。この音符の連なりから疾走感を引き出すことは、並大抵の歌手にはできません。私の印象では、歌い過ぎないこと、感情を込め過ぎないことがキーになっていると思います。歌が前に出しゃばることを抑制し、楽譜に記された通りのリズムと音程を保ち、バンドの一部になったかのようにふるまうこと。大人になることへの不安やいらだち、あるいは矜持といった複雑な感情は、「正確な音」というガラスのむこう、すなわち見えるけれど直に触れることはできない場所にあえてとどめておくこと。このような音楽へのアプローチは、やはり器楽的です。「奈保子さんの歌は器楽的」とこれまでも私はよく形容してきましたが、そうすることがベストと判断される状況で、完璧にそうできる技術と感性は類い稀なものであった、とあらためて感じます。