2018年4月20日金曜日

As Long As We're Dreaming 〜夢が過ぎても


訳詞:売野雅勇
作詞・作曲:Al Mckay・David Bryant・Tony Haynes
編曲:Baba Jones Bull

最近、太田裕美さんに目覚めてアルバムを集めているのですが、テンポのゆっくりした曲がとても多い印象です。例えば、2ndアルバム「短編集」のB面など、アップテンポな曲が1つもありません。「歌謡曲とフォークの中間点」をめざしていたという太田さんですから、特に驚くべきことではないのかも知れませんが、アップテンポの曲が多い奈保子さんの曲ばかり普段聴いている私にはとても新鮮でした。

とは言っても、正直なところ、ゆっくりしたテンポの曲のほうが好きな私です。くやしいので(笑)、奈保子さんのゆっくりしたテンポの曲ばかり集め、プレイリストを作って聴いています。奈保子さんの歌唱力の高さ、そして無類の音楽性が際立ちますね。

中でも、アルバム「Daydream Coast」のラストを締めくくる「As Long As We're Dreaming~夢が過ぎても」は、自作期以前における奈保子さん最強のバラードと言っても差し支えないでしょう。否、その程度の言葉では足りません。この曲における奈保子さんの歌唱は、古今東西の音楽史上、もっとも高貴なバラード表現の一つであると、声を大にして言いたいくらいです。

中世の詩の様式に端を発するバラードは、シューベルトの時代(19世紀前半)に物語風の比較的長い声楽曲を指すようになり、その後ショパンがピアノ独奏曲の作品名に転用して有名になりました。特徴は、物静かな調べに始まり、次第に感情を高ぶらせ、劇的なクライマックスに至る、というもの。ポピュラー音楽におけるバラードは、クラシックにおけるバラードを、性格的にかなり踏襲していると言えるでしょう。

したがって、ポピュラーではどうしても「絶唱系」が多くなってきます。個人的にはやめてほしいです(笑)。バラードは、もとは詩なのです。芸術表現として、詩的に洗練されていなくてはいけません。例えば、泣き叫ぶように絶唱してしまっては、ナマの感情を露呈することになり、詩的なるものとは離れていく一方です。

ここでの奈保子さんの歌唱は、一流のお手本と言えます。淡々と語るようなAメロ(♪肩に頬をあずけ夕映え見てたわ~)に始まり、次第に内なる感情を熱くさせ、朗々とした旋律のサビ(♪消えてゆく夢の前では誰も優しくなるわ~)に至ります。ああ、何という抑制された、気品のある表現。身体が空間に溶けてしまいそうな声の透明感。すべての音からにじみ出る慈愛のまなざしと優しさ。

名だたるAORミュージシャンたちとロスで録音したレコード音源が素晴らしいのは言うまでもありません。しかし、ここに掲げるライブ音源での凛とした歌唱こそ、奈保子さんのシンガーとしての真骨頂でしょう。

奈保子さんは、地面にひれ伏して一緒に泣きわめくことは要求せずに、聴く人たちと呼吸をひとつにして、共に一段高い世界へ飛翔しようとします。ガニュメデスを連れオリュンポスを昇っていくゼウスのように。それは、音楽の世界にのみ許された“徳の共有”なのかもしれません。