2018年1月24日水曜日

DVD「プレミアムコレクション」思い出のコメント!


NAOKO FAN MEETINGのホームページに、昨年夏にリリースされたDVD「河合奈保子プレミアムコレクション」の人気投票結果&思い出のコメントが掲載されました!


このブログの読者の方々のコメントも採用されています。
自分のことのように嬉しいですし、なによりそのコメントの内容が心を熱くさせてくれます!

奇しくも今日は奈保子さんのお誕生日の半年前という日。

今年の夏も、何か起こるのではないかと期待してしまいますね!

2018年1月22日月曜日

手紙 180122


奈保子さん、こんにちは。

こちらは今日、大雪になりました。寒いのが大の苦手でいらした奈保子さんが、北海道の雪景色とともに残した「雪の精」のお写真を見ています。本当にきれいなお写真で、心があらわれるようです。

さて先日、小室哲哉さんが引退を発表されました。週刊文春の「浮気報道」に対する釈明会見と思われていたものが、一転、引退会見となり、芸能ニュースには疎い私もさすがに驚いて、会見の全文に目を通しました。

健康でなくなること、介護、抑圧、SNS、定年、流行り廃り、プライバシー、マスコミの報道の仕方...。救いようもないほど非情になってしまった社会を告発した会見とみました。

小室さんのプライバシーに関することを、そこまで言わなくてもいいのではないかと思うくらい、赤裸々に述べた会見でもありました。特に私の心に刺さってきたのは、「才能の枯渇」という問題です。

「ほかに音楽の新しさみたいのが作れるものがあるのかな?」という自問自答をずっと続けてきたという小室さん...。

60歳を前に才能の枯渇(と健康の衰え)に悩まされ、今回の「浮気報道」がきっかけとは言え、遅かれ早かれ引退を決意していらっしゃったんだなという風に読めます。

私は、「引退」なんてそう簡単に言ってしまっていいものか、という疑いを強く持ちました。小室さんが存在しているのは、スポーツとかの世界ではなくて、音楽の世界です。そんな簡単に引退なんて言えるでしょうか。

小室さんがいたのは、数字がすべて、の世界だったのでしょう。若い頃のような、ある種の切れ味とパワーを持った曲が書けなくなって、「ヒットメーカー」としての役割は終わってしまった。世間では「過去の人」として見られている...。かっての栄光を考えれば、小室さんがプライドをずたずたに傷つけられ、「もはやこれまで」と思ったことは十分想像できます。

でも、小室さんが相手にしてきたのは、やはり音楽なのですよ。数字がすべての商業主義的世界のその上で、売り上げなどとは無縁に、人の心を勇気づけ、浄化し、慰めることができる魔法のような世界が音楽なのではないでしょうか。

小室さんはしきりにご自身が難聴であることを言っていましたが、ベートーヴェンもほぼ耳が聞こえない状態であの後期の弦楽四重奏曲を作曲しました。ヴェルディも「もう書けないかも知れない」と農場に引っ込んだ後に、若い頃には決して書けなかった喜劇「ファルスタッフ」を書きあげました。老後にしか見えない景色があり、老後にしか聴こえない音が絶対にあるんだと思います。

クラシックの作曲家と小室さんを比べるのはおかしいのかも知れませんが、しかし、音楽との関わりは年齢とともに、時にゆるやかに、時に激しく、変化していくものだとも思います。小室さんが、しばらく休養して、その心が本来持っていたみずみずしさを取り戻した時、若い頃には書けなかった、売れないかも知れないけれど、奇跡のように美しい作品が天から小室さんの心に降りてくるかも知れないじゃないですか。

そういう奇跡さえ信じずに、今まで単に物理的な音を生み出し、それを大衆に消費させていただけなのだとしたら...。それは本当に悲しいことだし、「ポイ捨て」するに値する音楽家だったと言えるのかも知れません。あんな悲惨な会見の場で、そんなことを小室さん自身の口から明らかにしたのだとしたら、これほど残酷で残念なこともありません。

まだ、よくわからないところもあるのですが、以上が小室さんの会見全文に目を通しての感想です。

奈保子さんはどんな感想をお持ちでしょうか。
小室さんとの直接的なつながりはなかったとは言え、同じ音楽家として...。

奈保子さんは「引退」という言葉をお使いになっていませんよね。もし仮に、この先、一つの作品も発表しないまま終わりの時を迎えたとしても、奈保子さんなら「引退」とはおっしゃらないでしょうね。

新年のあいさつには遅くなり過ぎましたが、2018年が奈保子さんの音楽生活にとって、よい年になりますように。

2018年1月8日月曜日

ムーンライト急行


作詞:吉元由美
作曲:河合奈保子
編曲:瀬尾一三

同じ「歌」を聴いた時、まず「言葉」を聴き取る人と、まず「音」を聴き取る人とで、脳の働き方は相当違うのではないかと思います。そのあたりを研究してみたら面白いかも知れませんね。

このブログでたびたび書いておりますように、私はかなり極端に後者に振れています。奈保子さんの曲を聴き始め、歌謡曲を愛する方々との出会いによって、歌詞を読み、歌詞を聴き取ることに如何に深い愉しみが存在するかを知りました。とはいえ、自分の素の聴き方が変わったわけではありません。

しかし、こういうこともあるのだと自分でも驚きました。つい先日、アルバム「スカーレット」を聴いていて、この「ムーンライト急行」に入り、歌詞カードも見ずにアルバム全体を流していたのですが、突如として歌詞が立体的に聞こえ始めたのです。

「ムーンライト急行」の歌詞に綴られた単語のひとつひとつが、奈保子さんのきれいな子音と母音の発音によって、然るべき輪郭を与えられていきます。しかも、その単語の重要度によって、奈保子さんはその“浮き彫り”の度合いを精妙に変化させています。

奈保子さんご自身の作曲による曲想は、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」にも比べられるような優雅さとなめらかさ、そしてよどみのない流れを持っています。そのゆるやかで格調高い曲線の美を一切そこなわないまま、奈保子さんは先述の“歌詞の彫刻”を絶妙な加減で旋律に施していくのです。

今まで私は何を聴いていたのか...。わかりません。おそらく美しい曲の流れ、音と音との優雅なつながりに心が充足しきって、それ以上の刺激を受け取る回路が働いていなかったのでしょう。それが突然、変わりました。歌詞が、新しい快い刺激をともなって、聞こえ始めました。

慣れ親しんだ曲が、ある日を境に違う曲のように新鮮に響いてくる…とても楽しい体験です。緑のかたまりだと思っていた草原が、実はそれぞれ違った表情を持つ、たくさんの種類の植物の集まりからなっていることを知った時の喜びに似ている、とでも言えましょうか。

奈保子さんがとりわけくっきりと輪郭を“浮き彫り”させている言葉を無意識のうちに心に拾いながら、不思議ななつかしさに涙が出そうになりました。そして、奈保子さんの過去の曲に使われていた単語が、次々に出てくることに気づきました。

  Moonlight(ムーンライト・キッス)
  灯り(愛してます)
  背中(ちょっぴりパッショネイト、UNバランス)
  星(星になるまで、MY LOVE など)
  ため息(ラブレター、疑問符、メビウスのため息 など)
  渚(夏のヒロイン、ストロー・タッチの恋 など)
  影(涼しい影)
  オペラグラス(12月のオペラグラス)
  西風(UNバランス、デビュー)
  夏の恋の日(夏の日の恋)
  素肌(素肌の季節、夏のヒロイン、エスカレーション など)
  瞳(Sky Park、微風のメロディー、コントロール など)
  夢(夢みるDiary、浅い夢、夢かさねて など)

  ※まだたくさん連想をひろげてくれる言葉を見つけることができるでしょう。

奈保子さんはこれら、ある種のなつかしさを醸し出す言葉たちに、とりわけ深い思いと愛情を注いでいらっしゃるように、私には感じられます。音楽は時間の芸術です。未来を想像することもできる一方で、過去を振り返ることもできます。「ムーンライト急行」は、奈保子さんと奈保子さんファンのみんなを、過去の時間の旅へと優しくいざなってくれるような、そんな曲なんだと思いました。そうしてこのアルバムでは、やはり過去をテーマとした名曲「クラブ・ティーンネイジ」へと続いていくのです。


2018年1月4日木曜日

【平成30年】新年のごあいさつ


あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

大晦日は紅白歌合戦を見て過ごしました。かねてから注目している三浦大知さんの歌と踊りは圧巻でした。それから、superflyさんの力強さと優しさをかねそなえた歌声にも強く引きつけられました。

やはり私は、生歌のパフォーマンスが好きなのだと、再確認しました。乃木坂46やPerfumeの洗練されたダンスに感心しつつ、「歌」なのだから生歌のパフォーマンスが必要なのでは、とどうしても思ってしまいます。

ダンスが嫌いなわけではありません。ピナ・バウシュやモーリス・ベジャールのコンテンポラリー・ダンスはかなり見てきましたし、たけしの元気が出るテレビ(なつかしい!)での「ダンス甲子園」も大好きでした。

要は、歌っていないのに歌っているフリ(いわゆる口パク)をしているのが私の気に入らないのです。振付が大変で歌えないなら、歌っているフリはやめて、完全に踊りに集中すればいいのです。あれほど激しいダンスを披露しつつ高度な生歌を聴かせる三浦大知さんは、もうその存在自体が、ダンス偏重&口パク文化への「批判」たり得ています。

西野かなさんの衣裳に光ファイバーが使われているという紹介があり、即座に1984年の紅白での奈保子さんのお衣裳を思い出してしまいました。衣裳のスイッチを左手で操作する必要があったのでしょう、普段は左手にマイクを持つ奈保子さんが右手にマイクを持ち「唇のプライバシー」を歌います。さすがに、光ファイバーの技術はこの30年余で進化し、奈保子さんの時と比べ、西野さんの衣裳ではなめらかに、何色もの光をかわるがわる放つようになりました。一方、歌の進化ということでは、それほど単純に右肩上がりではないようです。この年明けには、昨年発売されたDVDで「唇のプライバシー」を何度も見返してしまいました。奈保子さん、本当に素晴らしいパフォーマンスです。

私は今年も、奈保子さんの歌と真摯に向き合っていきたいと思います。そして、奈保子さんファンの皆様とご一緒に、奈保子さんを精一杯応援していきたいと思います。どうぞ引き続き、よろしくお願い申し上げます。