2017年12月30日土曜日

年末のごあいさつ


皆さま、年の瀬をいかがお過ごしですか。

私はお正月を迎えるための恒例の支度で、やはりあわただしく過ごしておりますが、毎日、奈保子さんの曲を聴いております。ほんの5分でも、時間を見つけて、奈保子さんの歌声に耳をすませば、心の中にあったもやもやや雑音のようなものがきれいに洗い流され、冬の青空の透明感のようなすっきりとした状態にもどります。奈保子さんの歌は、まさに「心のオアシス」です。

今年の一番のニュースは、レッツゴーヤングや紅白歌合戦で奈保子さんが歌っているシーンを集めたDVDの発売でしょうか。大変喜ばしいことでした。ついでながら、あらためて、夜のヒットスタジオの同様のDVDもぜひ発売していただきたいとリクエストさせていただきます。一方で、週刊誌等でのグラビアの復刻はやや減ったかなという印象です。

YouTubeでは、ss1058さんやhanamoさんをはじめ、たくさんの方たちが奈保子さんの動画を頻繁にアップしてくださいました。皆さん奈保子さんの音楽面に惹かれている方ばかりで、正当に再評価されることを望んでいます。私は、動画の編集やアップはほとんどできませんが、微力ながらこのブログでその再評価実現に向け、地道に活動していきたいと存じます。

本年も、このささやかなブログを見守ってくださいまして、ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。

2017年11月29日水曜日

LAST DANCE IN MOSCOW モスクワ・トワイライト


作詞:売野雅勇
作曲:筒美京平
編曲:矢島賢・矢島マキ

モスクワで新しい恋を見つけた主人公でしたが、その恋も終わりを告げようとしています。アルバム「さよなら物語」の8曲目、実質的には最終曲と位置付けられる「LAST DANCE IN MOSCOW モスクワ・トワイライト」です。(9曲目の「SA・YO・NA・RA ラスト・シーンズ」はエピローグ的な曲と言えるでしょう。)

  Last dance in MOSCOW
  二つの圏(くに)に生まれたこと
  Lost love in MOSCOW
  哀しい運命の悪戯なのね

このアルバムが発売された1984年12月当時、モスクワは、ロシアではなくソビエト連邦の首都であったことを思い出さねばなりません。冷戦時代の真っ只中、ソ連という国は、心理的には現在よりはるかに遠い国でした。ペレストロイカとグラスノスチの政策を推し進めたゴルビー(ゴルバチョフ大統領)の登場(書記長就任)も、翌85年3月まで待たねばなりません。

先に引用したサビの歌詞にあるように、ロシア人の彼とパリに住む主人公(私の独自解釈です)の愛は、共産主義圏と資本主義圏という二つのイデオロギーの対立という巨大な壁に阻まれてしまいます。二人はモスクワから西側へと向かう別れの列車に揺られながら、微笑みあっていた美しい愛の日々を思い返しています。“哀しい運命の悪戯”を従容と受け入れ、別れを決意しているからこそ、どうしようもない切ない気持ちが、曇天のモスクワの重く冷たい空気と重なって、聴き手の心を灰色に染めていきます。

イデオロギーの対立とともに、この曲を聴きながらもう一つ思い出すことがあります。太田裕美さんの「さらばシベリア鉄道」(松本隆さん作詞、大瀧詠一さん作曲/1980年11月21日発売)です。同じリズム・パターンの繰り返しを基調に歌の旋律が展開されていくこと、哀しいギターの嘆き(バラライカではなさそうですが)、ロシアの、しかも鉄道を舞台にしていること、♪いつ…いつまでも待っていると~(さらばシベリア鉄道)という歌詞と、♪幾千年でも超えて逢いに行く~(モスクワ・トワイライト)という歌詞の不思議な呼応…。まったくの妄想ですが、売野&筒美コンビは松本&大瀧コンビを強烈に意識していたように思えてなりません。

さて、奈保子さんの歌が本当に素晴らしいです。主人公の秘めたる想いを爆発させるサビ(♪Last dance in MOSCOW~)でのパワフルな歌唱はもちろんですが(多重録音により奈保子さんご自身の声によるコーラスとなっていて効果倍増です)、私はむしろ下に掲げるAメロでの表現力に注目しています。

  国境駅を過ぎて 低く冷たい announce(こえ)が
  サヨナラ近いことを ロシア語で告げたわ

この曲は、付加的な♪幾千年でも超えて逢いに行く~の旋律以外は、Aメロとサビのみで成り立っていて、音楽をやっている人であれば誰でも、それらを対照的に扱ってみたくなることでしょう。すなわち、Aメロは抑制し、サビで感情を爆発させる、静と動の対照。しかし、この曲においては、Aメロもサビも時間的にかなり短いため、極端にやっては音楽の形を崩してしまい、平坦に歌ってはもともとの曲の持ち味を殺してしまうことになります。そして、困ったことに、この曲は3番まである…。

奈保子さんのバランスの取り方は最高であると感じます。と言っても、別に変わったことをなさっているわけではないのですが。奈保子さんも、セオリー通り、Aメロは抑制し、サビでグッと力を込めています。しかし、それが極端にはならず、かと言って平坦にもならず、音楽の起伏をあるべき姿で描けているその鍵は、やはりAメロの扱いにあるようです。この曲においてAメロは、オペラに例えればレチタティーヴォ的な、物語の進行を叙述する部分です。したがって、まずは歌詞がきちんと聴き手に伝わることが大事。歌い崩すなどもってのほかで、ここは淡々と、楽譜通り、語るように歌うべきところと言えるでしょう。それがベースにきちんとあった上での表現になってきます。「国境駅」という言葉ににじみ出る無力感、「サヨナラ」にこめられた痛切な想い、「ロシア語で告げたわ」の背後にのしかかる無情の別れの運命。奈保子さんのここでの表現力は凄いと思います。と言っても、表現主義的あるいは情念的な激しさではなく、俗物を寄せ付けない貴族的な、品格のある美が極まったところにある壮絶さです。

ちなみに、この曲は2015年8月発売のファン投票によるCD『私が好きな河合奈保子』のB面またはアルバム曲の部で、「Sky Park」「ハリケーン・キッド」「桜の闇に振り向けば」「言葉はいらない」「若草色のこころで」に次ぐ6位にランクインしました。筒美京平さんによる曲の出来が一級品であることはもちろんですが、奈保子さんファンは、奈保子さんならではの高度な歌唱が映える曲であるからこそ、この曲にたくさんの票を投じたのでしょうね。


2017年11月23日木曜日

BARCELONA SENTIMENTAL 海岸道路N2


作詞:売野雅勇
作曲:筒美京平
編曲:矢島賢・矢島マキ

アルバム全体をひとつの物語として聴きたい「さよなら物語」。ひさびさの更新となってしまいましたが、「WIEN 哀しみのコンチェルト」に続き、7曲目「BARCELONA SENTIMENTAL 海岸道路N2」に入ります。

バルセロナは、マドリードに次ぐスペイン第2の都市。いまスペイン本国からの独立宣言で揺れているカタルーニャ州の州都です。

  Barcelona 屋根のない白いクーペ飛ばして
  国境越えたわね あの頃
  Barcelona 海の蒼 想い出のまぶしさ
  瞳を伏せるたびにメランコリー Barcelona

恋人と主人公は、フランス側からピレネー山脈を越えてスペインに入ったのでしょう。余談になりますが、「屋根のない白いクーペ」って何だろうな~?わざわざこう言うってことは、単なるオープンカーではなく、クーペとして売られているモデルの、屋根のないヴァージョンなのかな~。とすると、年代的にBMW320i(あるいは325i)カブリオレあたりが有力候補でしょうか。大のクルマ好きという売野さんのこと、きっと具体的な車種を思い浮かべながら詞をお書きになったことでしょう。

1番と2番の間奏には、高速道路をかっ飛ばすクルマのエンジン音も鳴り響きます。詞にクルマの場面を描くことができて売野さんもご機嫌だったのでしょうか、この曲の詞には凝りすぎた当て字もなく、詞全体が素直でさわやかです。そこに、ちょうどよい匙加減で「切なさ」というスパイスがふりかけられます。売野さんの傑作のひとつに数えたい詞ですね。

恋人とヴァカンスを過ごしたバルセロナの街。しかし、それは過去の美しい追憶となり、今、主人公は一人丘の上に立ち、バルセロナの街並みを見下ろしています。彼はこの街のどこかで新しい恋人と暮らしている――その現実の裏側に、自らの青春の美しさと切なさを投影しながら。

そういうワンシーンが目に浮かぶような音楽が、筒美京平さんによって書かれています。(おそらく“曲先”で作られたのでしょうが、これだけコンセプチュアルなアルバムですから、あらかじめ作詞家と作曲家でイメージを共有していた可能性も高いですね。)色調は明るく、ご機嫌なポップ・チューン。アルバム「さよなら物語」で唯一メジャーコードの曲です。前曲までの翳りのある奈保子さんの歌声も素敵ですが、この曲に至り、ようやく奈保子さん本来の明るい、伸びやかな歌声が広がるので、ファンとしてはどこかホッとする1曲でもありますね。


2017年11月16日木曜日

けんかをやめて【徒然】


最近、この曲の「美しさ」を、心から美しいなと感じられるようになりました。詞に邪魔されずに、音のシンプルな動きに自然に同調して。そうしたら、詞もすんなりと受け入れられるようになりました(単細胞 笑)。人間誰だって、間違いをおかすことはある。それを素直に告白して、許しを乞い、平和を願う。ちょっとおおげさかもしれませんが、奈保子さんがこの歌を歌うと、もともと美しかった音がさらにどんどん澄んでいって、お祈りのきれいな涙の雫となって、私たちの上に降り注がれるような、そんな気さえしてくるのです。

話は変わりますが、YouTubeでいろいろな映像を見ているうちに、西内まりやさんがカバーしているものを見つけました。とてもお上手です。後ろを見ると、服部克久氏がピアノを弾いたり、指揮したりしています。


聴きながら、私は即座に奈保子さんのライヴ盤を思い出しました。あの奈保子さんの弾き語りによる「けんかをやめて」も服部先生の編曲でした。テレビやコンサートでの編曲は、その時々のバンドやオーケストラの編成によって書き直さなければなりませんし、そもそも西内さんの映像とは30年以上の開きがあるので、編曲は違っていて当然ですが、それでも共通性は感じられます。

そして、確実には言えませんが、下の映像(ミュージックフェアの映像と思われます)も服部先生の編曲なのではないかと私は想像しています(こちらはずいぶん大きい編成のオーケストラですが)。いきなりドラムが入ってくる正規音源(清水信之さん編曲)も好きですが、優雅なストリングスが歌を導く服部先生の編曲も味があります。


ほとんど動かず、美しい姿勢で立ったまま淡々と歌う奈保子さん。歌はこれでいいのです。ほかに何もいりません。少なくとも私には。

2017年11月15日水曜日

追跡


作詞:竹内まりや
作曲:竹内まりや
編曲:大村雅朗

奈保子さん5枚目のアルバム「あるばむ」のA面3曲目。

奈保子さんの曲の中で、竹内まりやさんが作曲している曲は、実は4曲しかありません(作詞まで含めると6曲)。しかも「アプローチ」「けんかをやめて」「Invitation」はいずれも長調の曲なので、焦燥感にかられる短調の旋律と和声によって演出された「追跡」は、とても貴重な1曲と言えそうです。

ツイッターのお友達がアップしてくださった動画を、先日あらためて見ました。竹内まりやさんのデビュー35周年時(2014年)に奈保子さんが寄せたテキストコメントです。

その中で奈保子さんは、「私がいくつかリリースさせていただいたアルバムの中で、やはり同じ頃19歳のときに、ひらがなで『あるばむ』というタイトルのアルバムで、まりやさんが作ってくださった『Invitation』『ダブル・デイト』『追跡』『砂の傷あと』『けんかをやめて』の5曲の大切な曲があるのですが、私はこの5曲すべてがどの楽曲よりも大好きです。」とハッキリ述べていらっしゃいます。後にも先にも、これほど踏み込んだ発言をされているのは、聞いたことがありません。アイドル時代も、この類の質問には相当慎重に答えていた奈保子さんですから、ご自分がこれまで歌われてきた作品の数々を隅々まで俯瞰できていた2014年という時に、これほどハッキリと「どの楽曲よりも大好き」と述べているのは、やはり驚きですね。

いろいろな音楽を提供され、あるいは自ら創作し、歌ってきた。その中で、奈保子さんが「どの楽曲よりも好き」と明言できる理由は何なのか? わかるはずもなかろうその疑問を抱えながら、ひたすら「あるばむ」のA面に針を落とす夜がこのところ続いています。

「追跡」は、部活動のかけ声(おそらく女子テニス部)とチャイムの音が印象的なイントロ以外、正直、特に書くこともない曲だと思っていました。歌詞に描かれている状況が、先日取り上げた「アプローチ」ととても似ているものの、ずいぶん「追跡」の女の子は思い詰めてしまっているなぁ。ちょっと怖いくらいだなぁ(なにせ「追跡」というタイトルですし)と思ったくらいで...。

音楽的にも、竹内まりやさんお得意のA-B-Aの構成だなとか、AもBもシンプルなメロディーラインが美しいなとか、内向的な感じの曲だからまりやさんがバックコーラスに入っていないのは正解だなとか、そんなありきたりの感想を持ったくらいで...。

私はいまだこの曲に、“ほれぼれするような美しさ”を見つけられておりません。まだまだ修行が足りぬようです。

2017年10月25日水曜日

レッツヤン&紅白DVDを見て【disc 3】


ちょっと時間がたってしまいましたが、【disc 3】の感想です。

・レコード音源以上のパフォーマンス
1985年前後から、奈保子さんの歌唱力はまた一段レベルアップしてくるように感じます。【disc 3】には「星になるまで」「ハーフムーン・セレナーデ」など、レコード音源以上のパフォーマンスを見せているトラックがあります。もちろん、バリバリのアイドル時代にも、素晴らしく見事な生歌のパフォーマンスはありました。しかし、そこには奈保子さんの一生懸命さからくるある種の“切迫感”があったのも事実です。デビューから5年を経たここでの奈保子さんのパフォーマンスは、余裕すら感じさせる堂々としたもので、完全にプロ・シンガーとしての仕事になっています。「星になるまで」の感情移入の激しさと、それをコントロールする知性の確かさ。「ハーフムーン・セレナーデ」のアイドルと呼ぶのはもはやためらわれるほどの凛とした歌、そして貴族的とさえ形容しうる孤高な佇まい。こんな歌手、他にはいません!

・緋の少女、発声法崩れる
アルバム曲である「緋の少女」の映像が2つも収録されています。「ハーフムーン・セレナーデ」、「想い出のコニーズ・アイランド」に次ぐアルバム「Scarlet」からの“推し曲”だったことがうかがえます。ただ、この曲での奈保子さんのパフォーマンスは、はっきり言って今ひとつです。おそらく、ハードロック的な曲調に合わせ、声に迫力を出そうと、声のポジションをほぼ地声に近く落としてしまっているのが原因でしょう。奈保子さんの表情からも、声を出すのがつらそうであることが伝わってきます。ここまでご無理せずとも曲の迫力は十分表現できたのに...。

・アイドル・オン・ステージ
デビュー当時あるいはデビュー直後から奈保子さんのファンだった人も、1995年の「アイドル・オン・ステージ」の頃までファンを続けていた人はそう多くはないのではないでしょうか。後追いファンである私も、30代になった奈保子さんがこのような番組に出ていたことなどつゆにも知りませんでした。その意味で、とても貴重な映像と言えます。ここでの奈保子さんのパフォーマンスは、とても楽しそうで、声も気持ちよく伸びていて、まだまだ歌手としての活動を続けるべきと思わせる質の高い演唱です。一方で、どこか儚げな、どこか寂しげな空気が画面から漂ってくるのもまた事実。White Autumnさんもご指摘のように、当時小室哲哉さんがヒットさせていたグループなどを思い出せば、奈保子さんのキャラクターと音楽が最も時代の流行から遠ざかっていた時期と言えますね。そういう時代を生き抜く難しさを受け止めつつも、自らの信念は頑なに曲げずに音楽をやり通す奈保子さんのここでのお姿は、本当に美しいと思います。

・紅白歌合戦
やっぱり見ものですね。何が見ものって、奈保子さんのパフォーマンスです。1981年から1986年まで連続6回出場されていますが、その年その年の最高のパフォーマンスを、奈保子さんは「紅白」の舞台にぶつけています。あの特殊な雰囲気で(私は大学時代、和田アキ子さんのバックを務める大合唱団の一員としてささやかにも紅白に「出場」したことがあるため、あの独特の雰囲気は肌で感じております)、たった数分しかない出番に、「いつも通り」を持ってくることさえ困難な場です。その重圧に耐えかね、「いつも通り」の歌が歌えなくなってしまった人も少なからず...。しかし、奈保子さんは違います。周到な準備を重ねたうえで、本番の不安と緊張をプラスの力に変える特殊な能力(あるいは度胸と言ってもいいかも知れません)を、奈保子さんはお持ちでいらっしゃいました。1981年の紅白初出場(しかも紅組トップバッター)で「スマイル・フォー・ミー」を歌ったステージは、その年の10月、あの背筋も凍るような奈落転落事故を起こしたのと同じステージなのです。足がすくんでしまわないほうが不思議。そこを奈保子さんは一発逆転とも言いたくなるほどの素晴らしいステージに変えてしまいました。技術的なことを言えば、奈保子さんの場合、おそらくシ~ドあたりの音で、胸声と頭声が切り替わる「チェンジ」が起こります。♪ほかには何も見えないの~のフレーズにはチェンジ付近の音がたくさん使われていて、技術的にはとても難しい音域であるため、その年の夏頃の音楽番組ではあまりうまく歌えていないこともありました。ところが、この紅白ではきちんと修正してきているのです。事もなげに奈保子さんは歌っていますが、紅白を意識して積み重ねてきた練習の輝かしい成果であることは間違いありません。こういうことが、あの特殊な「紅白」という場でできてしまう――やはり「たゆまぬ努力に光を授ける天賦の才」に奈保子さんは恵まれていた、ということなのでしょう。

以上、今回のDVDの感想をまとめてみました。
ある意味、コアファン向けの内容であることは確かですが、少しでも奈保子さんに興味のある方なら購入してまったく損はありません。1980~90年代にかけて、とんでもなく本格的な音楽的才能を持ったアイドル歌手がいた、ということを、これほど如実に示すDVDもほかにないからです。コンサート(ライヴ)のDVDも無論、素晴らしさにおいて劣るものではありませんが、コンサートはたくさんのサポーターに囲まれた、いわば「ホーム試合」です。レッツゴーヤングや紅白歌合戦は、不特定多数のテレビの前の視聴者を対象にしていて、NHKホールに集った観客もまた「不特定多数」なのであり(歓声を聴いているとジャニーズ系のファンがかなり多そうですが)、そのような「ビジター試合」をいかに乗り切るかがプロの歌手の試金石となります。その点でも奈保子さんはまったく申し分のないパフォーマンスを見せています。凄い歌手だった、とあらためて感じました。

最後にリクエストを。
「夜のヒットスタジオ」のDVDもぜひ出してください!奈保子さんの生歌のすばらしさは、「夜ヒット」のステージでもっとも輝いていると、この「レッツヤン&紅白」のDVDを見た後でも私は思います。ぜひぜひ、よろしくお願いいたします。

2017年10月19日木曜日

アプローチ


作詞:竹内まりや
作曲:竹内まりや
編曲:清水信之

私が河合奈保子さんと遅まきながら「出会った」2013年の暮れのこと。動画サイトで手あたり次第奈保子さんの映像を見ていて、とりわけ印象的だったのがこの「アプローチ」の映像でした。当時はニコニコ動画にYouTubeから転載されたものがアップされていました。

まず、この映像。もう反則的な可愛さです。この世のものとは思えません。瞳の輝き、まっすぐな笑顔、お育ちの良さと素直さがにじみでた仕草と物腰に、私は一瞬にしてやられてしまいました。(番組名は定かではありませんが、「ムーンライト・キッス」の青いお衣裳を着て、「スマイル・フォー・ミー」や「ムーンライト・キッス」を歌ったり、イルカの「あの頃のぼくは」を白いピアノで弾き語りしたり、風変わりな写真家に手相を見てもらったり、親衛隊とクイズ大会をしたり、という盛りだくさんの内容でした。1981年9月頃の番組と思われます。)



次に、歌。当時の私には、当然知らない曲でした。こういうシングル曲があるのかも知れないと、探したりもしました。当時の私には、このお衣裳が「ムーンライト・キッス」のものであることもちゃんと認識されていませんでしたから、この青いかわいらしいお衣裳で「アプローチ」を生歌で歌っている映像があるに違いないと、かなり必死に探したものです。

それほど、映像と歌がとてもよく合っているんですよね。作者の方のセンスに脱帽です。

竹内まりやさんは、「スマイル・フォー・ミー」(1981年)を溌溂と歌う奈保子さんに霊感を得、「彼女はしっとりとした歌を歌ってもきっと似合うだろうなあ」と感じ、日本コロムビアから依頼がある前に、「けんかをやめて」を作曲してしまったということです。このあたりの経緯は、竹内まりやさんとクリス松村さんの対談に詳しく語られています。
http://natalie.mu/music/pp/takeuchimariya02

そして「けんかをやめて」と「アプローチ」の2曲は、当初アルバム「サマー・ヒロイン」(1982年7月21日発売)に収録される曲として用意されたということです。したがって、竹内まりやさんは、青いお衣裳を着たこの映像での奈保子さんとほぼ同じ時期の奈保子さんを見て、「アプローチ」の作曲にも取り組んだのではないかと想像できるわけです。

結果的に、「けんかをやめて」はシングル(1982年9月1日発売)として採用されることとなったため、アルバム「サマー・ヒロイン」には「アプローチ」が唯一の、奈保子さん初の竹内まりや作品として、突如、姿を現すこととなりました。

竹内まりやさんは、当時の奈保子さんに「かわいらしい女生徒」のイメージを重ねていたのでしょう。「アプローチ」の舞台も例外ではなく、学園です。たくさんの女生徒たちから熱い視線を浴びているモテモテの男子生徒がいて、彼へのアプローチ合戦に、主人公の女の子もいざ参戦しようというお話。

  すれ違う隙に 肩を触れ
  それとなく ウィンクするの
  気がついて もらえたらあとは
  誘われる時を 待つだけ

そんなふうにうまくすべてが運ぶ...のかなぁ(笑)、とちょっと心配にもなる作戦ですね。でも、詞全体を読めば、この女の子に思い詰めている様子はまったくありません。一種のゲームなのでしょう。明日はどこ吹く風、かも知れません。

曲も、アレンジも、そんな移り気な女生徒の心理を、たくみに描いています。半音で転調を重ねる前奏、あっちに跳ねたり、こっちに跳ねたり、方向転換が忙しいAメロ(♪彼のことねらう 女の子達は~)、とりとめのない夢のように、詞の一行ごとに音の風景が変わってゆくBメロ(♪いつの日か 二人腕を組み~)。聴いているだけで、学園生活のウキウキが追体験できますね。(う~ん40代のオサーンにはちょいとせわしなくも感じられます。笑)

奈保子さんの抜群の音感が、とびきり鮮やかな冴えを見せる曲でもあります。竹内まりやさんが、気まぐれのように、宙にポンと浮かべる音符のひとつひとつに、奈保子さんは実に正確に、しかし実に魅力的な潤いと可愛らしい茶目っ気をもって、軽く声をのせていきます。♪風の中の羽根のように~などと女心を綴ったイタリアの有名なオペラ作曲家もいましたが、ひらりひらりと自在に宙を舞う奈保子さんの歌声がなんとも魅力的に響く一曲です。


2017年10月7日土曜日

レッツヤン&紅白DVDを見て【disc 2】


10月に入り、にわかに秋が深まりました。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
さて、今日は【disc 2】の感想を書いてみます。

・アーティストへの進化
disc2の収録は1984年~85年。アイドルからシンガーへ、そしてアーティストへと奈保子さんが大きく進化していく過程が記録されています。もともと奈保子さんは、初期のバリバリ・アイドル時代にも、音楽的な大物感を漂わせていらっしゃいました。その度合いが年齢とともに変化してしていった、というほうが正しいわけで、逆に言えばアーティスト性がぐんと高まってきても、アイドル性が失われないのが奈保子さんのいいところです。いつまでたっても、かわいい。

・バックバンドについて
disc1の頃と比べて、ちょっと腕が落ちたかな?というのが正直な感想です。オーケストラを使わず、自前のバンドを使う例が(奈保子さんに限らず)一般化したからでしょうか。特に筒美作品(「唇のプライバシー」「北駅のソリチュード」「ジェラス・トレイン」)はオケの力不足を感じました。オケそのものが違うのか、指揮者が違うのか、あるいはマイクの立て方が違うのか、原因はちょっとわかりません。私の耳には「夜ヒット」のオケのほうが断然輝かしく聴こえます。生放送ゆえに仕方ないとはいえ、テンポ設定が速すぎる曲も多いです(逆におそろしく遅いテンポの「北駅のソリチュード」もありました)。一方、「デビュー」はオケ編曲が伝統的で平易な書法だからでしょうか、しっかりとした演奏に戻っています。「コントロール」は基本的に自前バンドということで、テンポはどれも安定していました。

・声の調子
こうしてまとめて映像で見ると、奈保子さんは基本的に声の調子が安定した歌手だったことがよくわかります。発声法に無理がないのでしょうし、ご自身でもおっしゃっていましたが「ノドが強いほう」なのでしょう。唯一、1984年9月30日収録の「コントロール」と「唇のプライバシー」は、奈保子さんにしてはめずらしく明らかに声が不調です。そのせいで「唇のプライバシー」では一部譜割りまで間違えてしまっています。その逆境を、奈保子さんはプロ精神、ど根性、笑顔、そして愛嬌でなんとか乗り切っていました。さすがです。

・AOR系の曲
嬉しいことに「If you want me」と「Angela」が収録されています。奈保子さんデビュー5周年記念、そして初の海外録音盤であったアルバム「Daydream Coast」のプロモーションにいかに力が入っていたかが窺えます。それはさておき、両曲とも奈保子さんのパフォーマンスは最高に魅力的です。アルバム音源以上に、声も伸びやかです。これらはシングルで出して勝負しても面白かったのではないでしょうか。

・ミニスカート
奈保子さん、本当に美脚です。
言うことなしです(クラクラ)。


2017年9月30日土曜日

レッツヤン&紅白DVDを見て【disc 1】


遅ればせながら、DVD『河合奈保子 プレミアムコレクション~NHK紅白歌合戦&レッツゴーヤング etc.~』を入手いたしました。

【disc 1】から簡単に感想を綴っていきたいと思います。

・歌の成長
奈保子さんはデビュー当初から歌がお上手だったとは言え、やはり最初の頃は思うように声が張れていない印象があります。このDVDの曲順は、基本的に放映日順になっているため、奈保子さんの歌唱力がぐんぐんアップしていく様や、声質が次第にパワフルに、またエレガントに変化していく様が克明に記録されています。特に私は「愛をください」の落ち着いた歌いぶりに感銘を受けました。

・嬉しい「結婚専科」
「結婚専科」という番組で、ウェディングドレス姿で「ヤング・ボーイ」を歌う奈保子さん。こんな貴重な映像を収録してくれて、本当にありがとうございます。もう可愛すぎて、私はメロメロです(笑)。めずらしく画像を載せちゃいます。




・髪の長さ
複数の放送が収録されている曲では、同じ曲を歌っている期間の中で、奈保子さんの美しい髪がだんだんと長くなっていく様子がわかります。「スマイル・フォー・ミー」の7月に入ってからの放送など、さすがに伸びすぎ(笑)と思われます。忙し過ぎて、カットに行く時間すらなかったのかなぁ...。

・忙しいイメチェン
1982年~83年のイメチェンは、こうしてまとまった映像で見ると、かなりせわしない印象がありますね。元気溌剌の「夏のヒロイン」(それまでも何曲かシングル曲を提供していた馬飼野康二さん)→大人っぽいバラード「けんかをやめて」(初の竹内まりやさん)→おしとやかな「Invitation」(連続で竹内まりやさん)→涼し気&さわやかな「ストロー・タッチの恋」(初の来生たかおさん)→挑発路線第一弾の「エスカレーション」(初の筒美京平さん)。この間ちょうど一年です。奈保子さんはもちろん、ファンの方々も付いていくのが大変だったのではないでしょうか。後追いファンの勝手な希望を言わせていただければ、竹内まりやさん、来生たかおさんのシングル路線を、もっとじっくり聴きたかったですね。19歳の奈保子さんの、満開になる直前の桜の美しさのような、秘めたる予感に彩られた歌声は、やはりこの時期だけの特別なもので、それは竹内、来生両作品にとてもぴったりだと思うからです。

・疑問符のオケの難しさ
「疑問符」のオケ伴奏は技術的にかなり難しいようです。テンポも、フレージングも、どういうわけか安定しません。奈保子さんの歌唱も、それに引きずられてしまったのか、いつもの奈保子さんの実力を発揮できていない印象です。

・映像と音の質の良さ
バックダンサーのぼかしが奈保子さんにまでかかってしまっているところがあり、とても残念ですが、そこにさえ目をつぶれば、音も映像もびっくりするほどきれいです。こんなに美しい人がごく日常的にテレビに出ていたとは、今から見れば奇跡としか思えませんし、さすがは国営放送局、音もよい状態で保存されています。YouTubeですでに見ていた映像も多いのですが、全体的な品質の差は圧倒的です。ただ、歌い出しまでのスロー映像は視聴者を不安にさせるので、加工せず普通に流したほうがよかったと思います。


2017年9月24日日曜日

【徒然】最近ちょっと気になること


書きたいな、と思う曲はまだまだあります。
でも、仕事で文章を書くことが最近多く、奈保子さんの曲について書くためのまとまった時間がなかなか取れません。言い訳です、すみません。

最近ツイッターでちょっと気になることがあります。あまりに「ピューリタニズム的」と思える奈保子さんファンの動きです。例えば、他の歌手と比べて奈保子さんは下であるとか、奈保子さんはがんばってはいるけど誰誰には及ばないとか、そういう比較の類のツイートに関して過剰に反応しているのではないか、ということです。

そのようなツイートは捨て置け、と言いたいですね。

奈保子さんは音楽の申し子であり、ある種の天才であると私は確信しています。しかし、「奈保子さんの音楽」で五輪真弓さんとのデュエットによる「恋人よ」について考察した時も少し触れたように、天から舞い降りてくるような奈保子さんの音楽性は、他との比較を容易には受け付けない性質を持っています。それ故、このブログでは、奈保子さんを他の歌手や音楽家と比較して論じることをほとんどしていません。

奈保子さんのファンの方々は、奈保子さんの適切な再評価を望んでいて、より多くの人たちに奈保子さんの素晴らしさを知って欲しいと願っています。それは、私もまったく同じです。しかし、取るに足らないツイートに、「否、奈保子さんはすばらしいのだ」と反論したところで時間の無駄ですし、相手に「奈保子ファンはなんだかね…」と思われてしまうだけのような気がします。

奈保子さんのこういうところが素晴らしいと思う、奈保子さんの音楽を聴いていてこういうところに惹かれた、ということを、それぞれの人生のかけがえのない体験として誠実に語っていくことこそ、真の「奈保子さん再評価」への道筋なのでは、と考えます。


2017年8月22日火曜日

午前0時の歌謡祭(前篇)


8月20日の深夜はラジオを楽しみました。

FMおだわら
午前0時の歌謡祭
再会の夏・河合奈保子リクエスト大会(前篇)

私は「イチゴタルトはお好き?」をリクエストしていました。まぁ「迷曲」ですし、まず採用されまいと思っていましたが、なんとなんとコメント付きで採用されてしまいました。下記がリクエスト時にお送りしたコメント。

正統的で真面目、さわやかでお育ちの良さが全面的に出ている奈保子さんにあって、唯一「クレイジー」と言っていい曲。「手作りのイチゴタルトを持って、彼と仲直りするために、彼の家へ駆けていく」といった表向きのストーリーに騙されてはいけません。よく読めば、よく聴けば、彼女がイッちゃっていることがわかります(笑)。彼女の愛は一方的であり、「彼も私のこと好きに違いないわ」と思い込んでいるだけなのです。エフェクターで変換された奈保子さんの声が象徴的ですね。極めつけは「イチゴタルトはわたし!」という歌詞と最後の不気味な(でも可愛い)笑い声。こんな曲そうそうないですし、真面目な奈保子さんが真面目に歌うからこそ映える曲なんだろうと思います。

番組オーガナイザーの濱口英樹さんと番組スタッフの皆さんの“英断”に感謝いたします。でも、もうひと方、この曲をリクエストしている方がいらして、その方の真っ当なコメントも紹介されていて、よかったです。(私のは独断と偏見に満ちた妄想劇場なので...)

セットリストはこちらのリンクにあります。

しかし、ここまできたか~と感慨深くもなります。「イチゴタルトはお好き?」のほかにも、一般にはほとんど知られていないであろうアルバム曲がてんこ盛り。私にとって特別な一曲である「涼しい影」や、奈保子さんの知られざる名曲として上位に挙げたい「こわれたオルゴール」など、ラジオの電波に乗ったというだけで奇跡とさえ言いうる曲が流れてくると、目頭が熱くなってしまいます。

否、これを一回のみの“奇跡”に終わらせることなく、再評価が進められ、より多くの人に聴かれるようになり、人類の音楽的財産となるべきところまで奈保子さんの曲の価値を高めていきたい...。奈保子さんファン共通の願いだと思います。まだまだ、やるべきことは山積みですが、多くの人が同時に耳を傾けられるラジオというメディアはやはり強力だし、しかも人間的なぬくもりという大切にしたいものが残っていて素晴らしいなぁと、今回あらためて認識した次第です。

来週8月27日の後篇も、とても楽しみにしています。


2017年8月16日水曜日

「愛してる」


作詞:河合奈保子
作曲:河合奈保子
編曲:西平彰

なんと“直球”の、しかし切ない愛の告白でしょうか。

1993年11月21日リリースのアルバム「engagement」の4曲目に置かれた「愛してる」。アルバム全10曲中半分の5曲が奈保子さんご自身の作詞・作曲によりますが、この曲はそのうちの1曲です。

歌詞をご覧いただければ、愛の告白とは言えども、「愛してます」や「愛をください」のような一対一の訴えではないことがわかります。「愛してる」での主人公は、友人の女性(それもかなり親しい友人と想像できます)が同じ男性に想いを寄せていることを知っています。誰にも何も打ち明けない――主人公が下した決断です。その固く秘めたる想いであるからこそ、歌という形に昇華させざるを得なかった。♪切なすぎるくらい愛してる・・・。私が冒頭で“直球”と形容したのには訳があります。屈折した状況故に、その訴えは、かえって“切なすぎるくらいに”ストレートになるからです。

曲を聴きましょう。ギターの静かな伴奏に乗って、奈保子さんがAメロ(♪彼女があなたのこと好きだって知ってるの~)を歌い始めます。まさにモノローグのような奈保子さんの語り口であり、主人公が現在置かれている状況を、聴き手に簡潔に伝えます。

Bメロ(♪あの頃の二人に戻れたら~)に入ると、主人公の心は過去へ。♪同じ人愛してることなど誰も気付かない~。えっ?私は初めてこの曲を聴いたとき、とても驚きました。というより、少しはぐらかされた気持ちになりました。何故なら、通常、男性に対する想いや恋心の推移の説明が期待されるこのBメロにおいて、描かれているのは主人公の「女性の友人に対する気持ち」であるからです。“あの頃の二人”とは、“彼とわたし”ではなく、“彼女とわたし”だったとは...。

  あの頃の二人に戻れたら 心で波が騒ぐ
  同じ人愛してることなど 誰も気付かない

サビ(♪たった五文字の行方なぞりつづけて~)は、口には出せぬ想いを自分だけの日記帳にひたすら書き綴るように、主人公の気持ちがストレートにぶつけられたメロディーです。音と音とが連なり、すぐに大きな波のようになって聴く者の心に押し寄せる音楽の訴えかけの強さに、私たちは引きつけられ、スピーカーの前から動けなくなります。作曲家・河合奈保子がこれほどまでに強く、私たちの情動に直接訴えかけるような音楽を書いたのは、私見では「十六夜物語」以来ではないでしょうか。

奈保子さんが、奈保子さんにしてはめずらしく、ここまでエモーショナルな音楽を書いたのは何故か。先述のように、「屈折した状況故にかえって想いが強くなっている」というのは間違いないところでしょう。でも、それだけでは何か足りない気がしてきました。

1番が終わり、2番を聴き進むうちに、ああっと気づいて、心をさらに揺り動かされ、目に涙がにじんできました。2番のBメロの歌詞です。

  あなたとの静かな幸せを いつか叶えたいけど
  その瞳 裏切ることなど出来るはずない

この曲、いつもキーはBメロに存在するようです。1行目で語りかけているのはあなた(愛する男性)に対してですが、2行目の♪その瞳 裏切ることなど出来るはずない~と歌うその瞳とは彼女(女性の友人)の瞳です。

1番のBメロを聴いた時から、うすうす気づいていたような気がしますが、主人公にとっては、おそらく、「あなた」と同じくらいに「彼女」も大切な人なのでしょう。いやいや、古今東西、戯曲でもオペラでもよくあるシチュエーションですから、そんなこと今更指摘するまでもないという方もいるかも知れません。しかし、私は、恋人と友達の存在の重さがここまで拮抗して語られ、ここまで痛切な響きで歌われている例を他にほとんど知らないのです。

2番のサビ(♪肩を寄せる二人にためいきひとつ~)で描かれているのは、彼女に恋人を取られた悔しさや嫉妬では、けしてないでしょう。有り余るほどにエモーショナルな音楽によって露わにされるのは、心から信頼する二人が自分(主人公)とはかけ離れた世界に旅立ってしまい、自分が時間と同じようにただ流れてゆくだけの存在に終わってしまうのではないかという怖れと失意ではないでしょうか。

2番のサビが終わると、南米の民族音楽風の間奏があり、その後、Bメロ~サビ~サビとリピートされて曲が終わります。そのBメロに新たに付けられた重要な歌詞を、見過ごすわけにはいきません。

  目の前を無邪気に行き過ぎる幼い子供のように
  正直な心と大きな勇気が欲しい・・・

こんなこと、無理に決まっています。恋人か、友達か、どちらか一方にであれば、勇気をふりしぼって正直な気持ちを告白できたかも知れません。しかし、とても誠実な性格と思える(そして奈保子さんご本人の性格とどうしても重なってしまう)主人公には、そのどちらかを選ぶことなどできないのです。♪勇気が欲しい・・・で1小節分余計に長く引っ張られた奈保子さんの痛切な祈りにも似た歌声の背後に、底なしの絶望の暗闇に諦めのにび色の光がゆっくりと射してゆくのを感じることはできないでしょうか。

2017年8月9日水曜日

八月の水鏡


作詞:売野雅勇
作曲:筒美京平
編曲:新川博

暑さ、湿気、集中豪雨などに襲われ、バカンス気分ばかりとはいかない日本の夏。
皆様、いかがお過ごしですか?

こう毎日暑いと現実逃避したくもなりますが、そのような時、100%の自信をもってオススメできるアルバムが「スターダスト・ガーデン」(1985年3月5日発売)です。音によって現実逃避ができます。南洋の海をバックにした涼しげな歌もありますが、今日は思い切って「八月の水鏡」を。

この歌を聴くと、世紀末芸術の退廃美に触れるような気がして、思わずゾクッとします。私たちも、“常識”という分厚い衣を脱ぎ捨て、裸のままの自由な感性で曲に接するべきなのでしょう。

  ・蒼い月
  ・万華鏡
  ・水蓮
  ・銀のワイン
  ・「あかい」マニキュアとルージュ

19世紀末の芸術の特徴のひとつでもあった象徴主義を思わせる、印象深い言葉があちこちに出てきて、意味があるのかないのか判然としない、謎めいた言葉の連なりを見せます。先述の「あかい」には「紅蓮い」と売野さんお得意の当て字がなされていますが、さすがにこれは仏教用語の「紅蓮地獄」を意識してのことだと思われます。(紅蓮地獄とは、仏教の世界における八寒地獄の七番目。ここに落ちた者は寒さのために皮膚が裂け血が流れ、紅色の蓮の花のようになるという。)紅蓮のマニキュアとルージュ...。ちょっと触れるのがためらわれる、妖しい官能の色彩が目に浮かんできますね。

逃避願望というか、破壊願望というか、そういうやり場のない、抑えきれない気持ちも、詞のあちこちから溢れ出ています。

  ・万華鏡の中壊れる 蒼い月
  ・黄金の火の粉 空に散らし
  ・消えてゆく幻よ
  ・命が壊れるくらいに
  ・闇を切るよに燃え出す

私には、この詞の“筋立て”を説明することはできません。否、しようとも思いません。ここに描かれているのは幻想なのですから。夢の話を人から聴かされているかのように、非現実の事物の連関と無秩序に、こころを自由に遊ばせればいいのだと思います。

奈保子さんの、声による表現の切れ味の鋭さ。声帯を薄く使ったその響きは、青白くなるほどによく研がれたナイフの刃が、痛みを感じさせる間もなく表面を切り裂いてしまうかの如く、聴く者のこころに浸透してきます。特に凄いのは、下記の部分。

  紅蓮いマニキュア
  指先に燃え切なく
  (人生は刹那の夢の淋しさ)
  水中に浮かんだ月をつかめば
  消えてゆく幻よ

サビとも、中間部とも取れるこの部分。♪切なく~で奈保子さんの声が美しく引っ張られるその下で、もう一人の奈保子さんが分身のように♪人生は刹那の夢の淋しさ~と歌います。そうして、♪水中に浮かんだ月をつかめば~を“ふたりの奈保子さん”がデュエットしたのも束の間、♪消えてゆく幻よ~で一人は消え、もとの一人だけが残ります。冴えたアレンジも手伝って、奈保子さんはほとんどその美しい声だけで、詞の象徴主義的世界を緻密に描き出してしまうのです。

曲とは関係ありませんが、奈保子さんにだったら紅蓮地獄に落とされたってかまわない。むしろありがたいとさえ思いますね。(アブない世界 笑)


2017年7月24日月曜日

街角


作詞:八神純子
作曲:八神純子
編曲:鷺巣詩郎

奈保子さん、お誕生日おめでとうございます!

今年も様々なサイト、ブログ、ツイッターにお祝いの言葉があふれることでしょう。ご結婚を機に芸能活動から離れて20年余、インストゥルメンタル・アルバム「nahoko 音」を発表されてから10年余、表立った活動はまったくないと言っていいのに、これだけのファンの人たちが応援し続けているって凄いことですよね。さらに、私のような後追いや、10~20代の若いファンも増え続けています。奈保子さんの存在は、平成の世からまた新たな時代へ移り変わらんとするこの現代においても、輝きを放ち続けています。

一方、一般向けの話題としては、あいかわらず、奈保子さんの外見ばかりがクローズアップされる傾向です。(週刊誌のグラビアなど)

自称「音楽ブログ」としましては(笑)、この傾向に歯止めをかけねばなりません。外見はとてもすばらしい、しかしその音楽的才能はもっともっとすばらしい、ということを、私は今後も発信し続けていきたいと思います。地道に、コツコツと。

さて、私は、ここのところ毎日続けて「街角」を聴いています。後追いファンになってからずっと、奈保子さんのナンバーワン・アルバムとして私の心を占めている「Summer Delicacy」(1984年6月1日リリース)のA面、2曲目。

♪20歳の誕生日を覚えててくれた~というフレーズが出てきます。主人公の女性には、彼から突然電話がかかってきて映画に誘われたということが信じられません。彼にとびきりの好意を抱いてはいるけれど、それは誰にも打ち明けていない“片思い”であって、誕生日にデートに誘われるなんて、まったく想像も期待もしていなかった。そんなシチュエーションでしょうか。

一方、詞の向こう側に「彼」の存在が、聴き手の想像力をはたらかせる、やわらかなタッチで描かれているのも魅力です。おそらく彼も、彼女にとびきりの好意を抱いていたのでしょう。そして、彼女の誕生日という絶好のチャンスをねらっていたのでしょう。これから観る映画の下調べもバッチリ。さりげない風を装いながら、彼女を退屈させまいと一生懸命になっている彼の姿が、聴いている私たちの心のスクリーンに映し出されます。

ああ、これは、とてもしあわせな曲。

“夏色のパンプス”に負けないくらい、奈保子さんの声も弾んで、踊っています。サビの背後で鳴っている鈴の音。聴いている私たちも、ウキウキせずにはいられません。

そして曲の終盤、次の新しいフレーズがあらわれます。

  やさしさに包まれて
  私は変わってゆける
  何もかも 目覚めてく
  あなたの愛で

松田聖子さんの「チェリーブラッサム」の冒頭にまったく同じフレーズ(♪何もかも目覚めてく~)がありますが、あちらが彼への一直線な気持ちだとすれば、「街角」は相互作用の愛、と言えるでしょうか。

とにかく、「街角」の主人公は、彼のやさしさに包まれて“大人”へと成長していきます。その変化を、なによりも雄弁に物語っているのが、ほかならぬ奈保子さんの声です。先に掲げたフレーズの後、転調して半音キーがあがり、サビがリピートされます。♪夏色のパンプスがハートのリズムで踊るわ~。1番のサビとまったく同じ歌詞による、形式上は単なるリピートです。しかし、奈保子さんの声は、ここに物語の“第2幕”が始まらんとしていることを高らかに宣言します。主人公は、彼と交歓することで、別人のように“変わった”のです。聴き手は、ワクワクするような幸福感に包まれて、もっともっと聴いていたいと望みますが、物語の行方は聴き手の想像にゆだねられ、曲はその一度きりのリピートで閉じられます。曲の終わりがあっさりしていることで、かえって余韻は長く続くのです。いい曲ですね。

曲は作詞・作曲とも八神純子さん。八神さんは、奈保子さんがデビュー当時からよく聴くシンガー、好きなシンガーとして挙げていらした歌手ですが、デビュー4年後の1984年にようやく曲提供がかないました。「Summer Delicacy」のA面5曲に、シングル「コントロール」、未発表曲「デリカシー」を加え、合計7曲が八神さんの手によって作られました(うち「夏の日の恋」はカバー)。相手に対して心理戦をしかけるような際どい感じの詞(多くを手掛けているのが売野雅勇さん)、そしてハードな曲調が多くを占める中で、「街角」の幸福感、響きのやわらかさはとても貴重です。

今年の奈保子さん誕生祭は、「街角」を聴いて過ごしたいと思います。


2017年7月9日日曜日

手紙 170709(めたるさん俳句)


奈保子さん、こんにちは。

ツイッターのお友達で、めたるさんという女性の熱烈な奈保子さんファンがいらっしゃいます。かねてより俳句をたしなむ方と存じておりましたが、奈保子さんがデビュー37年を迎えられた6月1日より、奈保子さんの歌(シングル曲)からイメージした俳句を一日一句ずつ詠まれ、それをツイートされてきました。その俳句連作が、先日めでたく了となりました。

めたるさんのご了承を得て、ここに全36句を掲載させていただきます。
めたるさん、ありがとうございます。

五七五という切り詰められた形式とリズムに、何か情感や情趣を注ぎ込もうとすると、私のような素人にはまったくお手上げになります。しかし、めたるさんのような心得のある人が句を詠むと、もともとの詞の旨みが凝縮され、詩的になり、過剰な言葉が整理され、上品になったりするんですね。私は俳句の魅力というものを、今回、人生で初めて味わえたような気がします。

36句の中から、特に私が好きなものを挙げれば、「息白しいつかいつかの異国船」「摩天楼駆けてく夜のサングラス」「炎昼の儚き逢瀬波の音」「月光に想い出廻る観覧車」「散った夢また会う夢に春の星」の5句。あ、そういう言葉の紡ぎだし方があるのか、ととても新鮮に何度でも読んでしまいます。そして、厳選に厳選を重ねられたであろうきれいな言葉のひとつひとつが、まるで水晶玉のように、イメージを透過させたり反射させたりして、読み手の想像力を心地よく刺激します。この5句以外も、傑作ぞろいです。

奈保子さんは、どの句がお好みですか?


夏の日や少女が渡す胸の鍵
(大きな森の小さなお家)

光る風胸が高鳴る日曜日
(ヤング・ボーイ)

息白しいつかいつかの異国船
(愛してます)

春愁や十七才の恋はじめ
(17才)

夏めいて笑顔がキラリ君眩し
(スマイル・フォー・ミー)

月明かり二つの影が接近し
(ムーンライト・キッス)

夜なべして書いては破くラブレター
(ラブレター)

いたずらな春風と君我泣かす
(愛をください)

夏の浜甘いささやきもう一度
(夏のヒロイン)

二股を何度も詫びて秋の声
(けんかをやめて)

君の部屋ペナント眺む小春かな
(Invitation)

麦わらやはにかむ君と青い空
(ストロー・タッチの恋)

じわじわとビキニで迫るこの渚
(エスカレーション)

君の背を抱けど無口な秋の風
(UNバランス)

凍つる夜の真白き窓に雨の音
(疑問符)

春の宵風に誘われ君を待つ
(微風のメロディー)

夕立の海辺の甘い罠はまる
(コントロール)

短夜の口硬くする秘密あり
(唇のプライバシー)

粉雪や発車のベルに歪む窓
(北駅のソリチュード)

行く春や嫉妬の果てに恋が散る
(ジェラス・トレイン)

夏空や君待つ碧い海へ飛ぶ
(デビュー)

摩天楼駆けてく夜のサングラス
(MANHATTAN JOKE)

コスモスも照れる湖上の二人かな
(ラヴェンダー・リップス)

窓に雪手には疑惑のパールあり
(THROUGH THE WINDOW)

君の夢祈りさよなら流れ星
(涙のハリウッド)

炎昼の儚き逢瀬波の音
(刹那の夏)

流れゆく時は淋しい欠けた月
(ハーフムーン・セレナーデ)

十六夜や逢いたい逢わぬ波数え
(十六夜物語)

喧騒に遠くなる背と夏の日々
(悲しい人)

月光に想い出廻る観覧車
(Harbour Light Memories)

ひとつ消えつぎ生まれても冬銀河
(悲しみのアニバァサリー)

走りゆく過去の時間や蜃気楼
(美・来)

誕生日無駄な期待に髮洗う
(眠る、眠る、眠る)

向日葵や金の光が弾け飛ぶ
(Golden sunshine day)

青春の短きを知る木の葉髮
(エンゲージ)

散った夢また会う夢に春の星
(夢の跡から)


2017年6月9日金曜日

FINDING EACH OTHER


作詞・作曲:David Foster - Randy Goodrum
編曲:David Foster
Duet with Steave Lukather

−もし、奈保子さんとデュエットするなら?

またまた鼻息が荒くなる質問ですが...(笑)、私なら「FINDING EACH OTHER」を選ぶと思います。奈保子さんには、AOR系の2枚のアルバムで何曲か、それにトランザムのNOBUさんと何曲か(NAO&NOBU名義)公式音源でのデュエット曲がありますが、曲の質という点でこの曲はダントツではないでしょうか。

拙訳を試みましたが(男声パート:青、女声パート:赤、デュエット:黒)、運命の糸でつながっているはずのふたりが現実に出会うのはこれからで、“愛の期待”に満ちたデュエット・ソングと言えそうです。洋楽好きの男性がこの曲をご自分の結婚式のBGMに使ったという話を、以前どこかのブログで読みましたが、すばらしい選曲だと思います。時間を巻き戻せるなら、自分の結婚式でも流したかったなぁ...。

かのデイヴィド・フォスター氏が作詞、作曲、編曲、そしてすべての伴奏楽器の演奏を担当し、かつ元TOTOのメンバー、スティーヴ・ルカサー氏がデュエットのお相手ということで、まったく貴重な1曲になっています。その真価については、洋楽にお詳しい下記の方々の記事をご覧ください。


waterblueさん

kaz-shinさん

daisuke_Tokyocityさん


ほんと、いい曲ですよね~。

「奈保子さんとデュエットするなら...」などとまたしても妄想めいたことを冒頭発言してしまいましたが、もう聴いているだけで十分です。奈保子さんの、あたたかさとクールさが同居した歌声が、もともと都会的な上質さを持っているAORサウンドに、さらに艶やかさと透明感を加えているように感じます。高音から低音まで幅広い音域を自在に響かせるルカサー氏とのハーモニーも絶品です。


※歌詞訳

恋に落ちるぼくをごらん
出会ったこともない人と
ぼくに芽ばえつつあるものはなに?

突然 一人じゃなくなる私
見知らぬ人と一緒にいるんだわ
でも これは運命か何かのようね

天は知っている 人知を超え
ふたりはともに見つけ出すのさ

この愛に終わりがあるならば
この愛に触れないように
たがいをさがし求めて

もしここが楽園じゃないのなら
心変わりする時間なんて持ち得るの?
ふたりは恋に落ちるはず
そうでなければ 何も残らない

何かがぼくの心に届いた
けどどうしたらいい?
ただ心を失くしてしまっただけなのかも

愛をはぐくむ時間も必要よ
無から永遠までずっと続く愛
あなたもそれを感じているはずよ
...そして 私も

全くの孤独 どうしたら信じられる?
たがいをさがし求めなければ

(以降、繰り返し)


2017年6月1日木曜日

SENTIMENTAL SUGAR RAIN


作詞:吉元由美
作曲:河合奈保子
編曲:瀬尾一三

本日6月1日は奈保子さんが「大きな森の小さなお家」でデビューした日。奈保子さん、デビュー37周年おめでとうございます!オーストラリアはだんだん寒くなる季節ですね。どうぞ、お元気でお過ごしください。

デビュー日となんら関係ない曲の話題で恐縮ですが、梅雨入りも近いということで、今日は「SENTIMENTAL SUGAR RAIN」を取り上げたいと思います。

ハーフムーン・セレナーデ」の記事でも触れましたが、奈保子さんは本当にバラードがお好きで、いわゆる王道のバラードを堂々とお歌いになりたかったんだなぁ...。「ハーフムーン・セレナーデ」のB面に置かれたこの曲を聴くといつもそう思います。

初の自作曲によるシングルが、A・B両面ともバラード。思い切った、というより、奈保子さんのバラードへの愛やこだわりが自然と全面に出た、というべきでしょうか。あるいは、「アップテンポの曲はなかなか書けない」というニュアンスの発言もされていましたので、「バラードならば」という強い自信のあらわれだったのかもしれません。

A面の「ハーフムーン・セレナーデ」は、あらためて、ほんとうに素晴らしい作品だと思います。メロディーラインの流麗さ、Aメロ~Bメロ~サビとどんどん盛り上げていく構成の巧みさ、ご自身の歌唱力をアピールできる点がしっかり盛り込まれていること、聴いている人に“自分も歌ってみたい”と思わせるキャッチーさがあること(実際には難曲ですけどね。しかし、中国語圏でのカバーの広がりは凄いと思います)、どれをとっても一級品です。

では、「SENTIMENTAL SUGAR RAIN」は?

先述の「ハーフムーン・セレナーデ」の美点は、実は「SENTIMENTAL SUGAR RAIN」もすべて備えています。しかし、いくらか押し出しというか、インパクトが弱めです。いずれの要素も「ハーフムーン・セレナーデ」より控えめな感じで出来ています。私は、この曲のそういうところを、深く愛しています。

クラスでもいたでしょう?目がパッチリして、鼻筋の通った、誰の目もひく美人顔の女の子。でも、その子の輝きの影に隠れるように、一見地味だけど、実は品よく整った顔立ちの、気立ての良い女の子というのもいました。私見では、「ハーフムーン・セレナーデ」は前者、「SENTIMENTAL SUGAR RAIN」は後者です。

長く付き合うには地味目がよい。ワイフ選びとスピーカー選びの鉄則です(笑)。レコードで聴く頻度で比較すれば、私の場合、圧倒的にB面の「SENTIMENTAL SUGAR RAIN」ですね。「ハーフムーン・セレナーデ」は、レコードより、映像付きの生歌で聴くほうが多いです。

「ハーフムーン・セレナーデ」と同様、奈保子さんは“古典”の原則にしたがって、実に自然な流れで旋律を紡いでいます。Aメロ(♪さよならじゃないのに涙が出るの~)、Bメロ(♪愛された頃には我がまま言えても~)、サビ(♪Sugar Sugar Tear Rains ほろ苦いものね 優しさは~)という構成。Aメロの♪濡れたベンチでキスした~の「し」のところで短音階になるのが“グッと”来ますね。しかし、それも大げさな演出ではなく、むしろさらっとした音楽の流れに乗ってあるがままに過ぎてゆく、というのがこの曲の趣きなのですね。

サビの旋律は本当に美しくて、聴いていると、以前Bunkamuraミュージアムで見たロタール・フォン・ゼーバッハという画家の『雨の通り』という絵を思い出します。雨に濡れた石畳に映し出されるヨーロッパの静かな街並みと、寂しげな人影と馬車が、セピア色に近い抑えた色調で描かれています。「SENTIMENTAL SUGAR RAIN」の音楽が醸し出す、きりりとした冷気を含んだ湿度感は、あたかもその絵から飛び出してきたかのよう。ヨーロッパ的なクラシカルな格調と、えも言われぬ情趣を湛えています。

この曲の2番のAメロは英語で歌われますが(♪No one I can love more like as you~)、NAOKO PREMIUMには日本語バージョンも収録されています。両バージョンが作られた経緯はちょっとわかりません。どうせなら、曲のヨーロッパ的雰囲気に合わせ、ドイツ語、フランス語バージョンも残しておいてくれたら...などと贅沢なことを想像してしまうsmileformeです。


2017年5月26日金曜日

【徒然】カバーの重要性について


奈保子さんの曲をきっかけに、歌謡曲の世界に少しずつ足を踏み入れるようになって、後世に残すべき曲、あるいは自然と残っていくだろう曲が少なからず存在することを知りました。

そこで必然的に求められるのが「カバー」です。

考えてみれば、私が普段身を置いているクラシック音楽の世界では、「カバー」という行為がごく自然というか、ごく当たり前に行われています。例えば、ブラームスはクラリネットの名手ミュールフェルトのためにクラリネット・ソナタやクラリネット五重奏曲を作曲しました。ブラームスは当然、ミュールフェルト固有の音色、奏法、フレージング、あるいは癖などをイメージしながら作曲したはずですが、その後これらの作品がミュールフェルト以外のたくさんのクラリネット奏者によって演奏され、多くの聴衆がそれを聴き、名曲として広く愛されるようになったことは周知のとおりです。

あるいは、ヴァイオリンのパガニーニ。彼は言わばシンガーソングライターみたいなもので、自らがヴァイオリンで演奏するための曲を自分で作曲したわけですが、「カプリース」をはじめとする彼の“自分のための曲”も、その後、他の様々なヴァイオリニストたちが競って取り上げることによって、時代を超えた名曲になりました。

以前、尾崎亜美さんが曲を人に提供することを“嫁入り”とおっしゃっていたことをこのブログでも取り上げましたが(こちら)、変な話になりますが、さらにそこから“嫁ぎ先”が広がっていくことが、曲を後世に残していくために重要なのではないかと思います。

作曲家の池辺晋一郎氏は、そのように曲が普及していく過程を「作曲者が産み落とした小さな曲が、一人だちしてあちこちへ出かけて行く」と表現しています。作詞者、作曲者、編曲者、初演者にはもちろん敬意を払わなければなりませんが(このうち編曲者と初演者にはあまり権利関係のウマ味がないようですが)、歌謡曲においても、「いいな!」と思った曲に関しては、いろいろな人がもっと自由に歌っていったらいいと、私は思います。

奈保子さんの「涼しい影」(来生たかおさんのカバー)、矢野顕子さんの「すばらしい日々」(ユニコーンのカバー)のように、オリジナルとは見える景色のまったく異なる別世界を作り出してしまう奇跡も、カバーを聴く楽しみの一つですが、これは非常に稀なこと。そうではなくて、例えば「ウナ・セラ・ディ東京」のように、本当にさまざまな歌手がカバーして、曲自体のよさが広く認識され、そのうちオリジナルで歌ったのが誰だったのかわからなくなってしまうような、そんな普及のしかたが「カバー」の効用のひとつだろうと思っています。(奈保子さんの「ウナ・セラ」も聴いてみたいですね!)

現代の技術は、オリジナルの音声や映像をほぼ劣化なく、半永久的に残すことを可能にしていますので、カバーしようとする人には以前にもまして高いハードルが課せられていますよね。では、オリジナル(=初演者のやり方)に惑わされることなく、現代に身を置く「自分」がその作品と直に向かい合うにはどうしたらよいか...。

答えは「楽譜を見ること」だと思います。それは奈保子さんのやり方でもあります。(奈保子さんの「恋人よ」に関する考察「奈保子さんの音楽」もご覧いただければ幸いです。)原点あるいはオリジナルの資料に立ち返って、その作品が自分自身に、さらには現代社会にどう響くのか、よく耳を澄まして感じようとすること。「カバー」に限らず、再現芸術に携わる者に必要なのは、その謙虚な心とみずみずしい感性だと思えます。


2017年4月26日水曜日

MANHATTAN JOKE


作詞:秋元康
作曲:大野雄二
編曲:大野雄二

―奈保子さんの曲の中でもっともクールな曲は?
smileforme:MANHATTAN JOKEでしょうね。

―奈保子さんの曲の中でもっともリズミックな曲は?
smileforme:MANHATTAN JOKEでしょうね。

まったく架空のインタビューですが(笑)、私ならきっとこう答えるでしょう。奈保子さんの歌声の持つやさしさに包まれたい時、アイドル・ソングの元気溌剌とした曲調に気分を高揚させたい時、あるいは来生たかおさんの曲によく聴かれるような“抒情”に浸りたい時などは、私の選択肢からは外れてしまう曲なので、再生回数の単純な数からすれば(データを取ったわけではありませんが)「中の下」くらいになってしまう曲ですが、いつも意識の片隅でキラキラと光り、独特の存在感を放っている曲が「MANHATTAN JOKE」です。

21枚目のシングル「デビュー」(1985年6月12日リリース)のカップリングで、両A面という扱い。映画「ルパン三世 バビロンの黄金伝説」の主題歌。「絶対にオリコン1位を獲れ」という至上命令故か、有名映画の主題歌(もちろんあの大野雄二さん作曲!)を実質B面に配置するとは、なんとも贅沢な話です。後追いの私など、贅沢を通り越してもったいないとさえ感じてしまいます。

「デビュー」って、まぁその記事を書いたころとあまり気持ちは変わっていなくて、いい曲だとは思います。ハイ。とてもさわやかでいい曲。なんだけど、あまりにも無味無臭というか...。どうも個人的には大絶賛しにくい曲になっています。あえてデビュー5年という時期でなくてもよかった曲調と思いますし、奈保子さんなら本当のデビュー時でも、3年目でも、10年目でも、いつでもいけそうな万能型の曲。初心忘るべからず、ということは無論大事ですけれども、それはあえて歌にする必要もないし、奈保子さんはプロフェッショナルの心構えとして、いつだって初心を大切にされていたと思います。

それと比べれば、「MANHATTAN JOKE」には、デビュー5年という節目にリリースする“必然性”を、その気になればたくさん見つけることができます。まず、人気映画とのタイアップ。これは奈保子さんをアイドル的な存在からアーティストへと脱皮させるために、強く望まれていたことでしょう。待ちに待ったタイアップだったに違いありません。

それから、大野さんらしいジャズっぽい曲調。ニューブリードなど大編成の歌謡バンド(オーケストラ)より、小編成のバンドのほうがしっくり来ます。1980年代中頃の時代の流れには「デビュー」よりこちらのほうが合っていた、と言えそうです。“奈保子バンド”と呼びたくなるNATURALやMILKとのコラボレーションが始まるのも、だいたいこの時期です。

さらに、奈保子さんのシングル曲の流れ、という点も見逃したくありません。前作があの「ジェラス・トレイン」です。あの筒美京平さんが、めずらしく売り上げを度外視した(としか思えない)、しかし音楽の質としてはひとつの極点を記録してしまった、あの「ジェラス・トレイン」の後です。そのことを考えると、「デビュー」ではあまりに平易すぎる。(そんなことなどつゆにも考えずに一般の人たちは「デビュー」をいい曲と思って単品買いするのでしょう。でもコア・ファンは違ったはず。マニアックに攻めたはず...。「ジェラス・トレイン」をちゃんと聴かずに「デビュー」なんか聴いて何が楽しいのでしょう!マニアック万歳!)

(すみません、完全に羽目を外しました...)

閑話休題。そう、「ジェラス・トレイン」の後をしっかりと受け止めることができるのは、音楽的には、「デビュー」ではなく、「MANHATTAN JOKE」なのです。仮に正真正銘のA面が「MANHATTAN JOKE」だったとすれば、1985年のシングルの流れは「ジェラス・トレイン」→「MANHATTAN JOKE」→「ラヴェンダー・リップス」→「THROUGH THE WINDOW」となります。こんな格好いいラインナップ、ちょっと他ではないでしょう?

さて、曲を聴きましょう。“イントロのイントロ”の後、奈保子さんがこちらを振り向いて、まるで劇場の幕が開くようにイントロ主部が始まります。ここのリズムの難しさ!最初の主題の「パッ」というブラスの音も、拍の頭ではありません。4/4拍子の4拍目の裏の裏、なのです。さらには、歌が入る1小節前の「パッパッパッ」というところ。16ビートをきっちり刻めていないと、聴き手にスカッとした印象を与えることができない難しいリズムですよね。

歌に入れば、このトリッキーなリズムは少し落ち着くかと思えば、さにあらず。バンドと同様の高度な、器楽的なリズムが、歌にも要求されています。先に用いた例で言えば、「パッ」という4拍目の裏の裏は、♪愛はいつでも~からのBメロに連発して出てきますし、「パッパッパッ」はサビの後半、♪支えきれないハート~(「ハート」の部分)に出てきます。大野雄二さん、歌にもまったく容赦ないですね(笑)。

しかし、この難しい歌を、奈保子さんは信じられないくらいに見事に、クールに歌い切っています。レコード音源が素晴らしいのはもちろん、生歌も劣らず見事です。下に掲載した参考映像を見ていただければおわかりかと思いますが、バンド(NATURAL)の刻むリズム以上の切れの良さを奈保子さんの歌は聴かせてくれます。奈保子さんのリズム感の素晴らしさは、もっともっと語られていいと思います。




レコーディングに立ち会った作曲の大野雄二さんも、下記のように奈保子さんの歌をほめ称えています。(TEAROOM☆NAOKOさんの記事より転載)

『主題歌の河合奈保子さんですけど、彼女は映画本編に声の出演もしてますよね。彼女を選んだのは僕ではないので、出演と主題歌、どちらが先にきまってそうなったのかよくわからないんです。もちろんレコーディングにも立ち会いましたけど、非常にカンのいい方で、歌も上手かったですよ。当時のアイドル歌手っていうと、「あぁ、もうどうしよう・・・コレ」って思うようなレコーディングも結構多かったんだけど、彼女はそんなことはなかったですね。そもそも、あの「MANHATTAN JOKE」って歌は、かなりトリッキーなリズムで難しい歌ですからね。よく歌いこなしてくれました。』

(「ルパンIII世クロニクル バビロンの黄金伝説 MUSIC FILE」歌詞カード内「大野雄二スペシャルインタビュー」より)

大野雄二さんは、その後、自らのバンドで何度か「MANHATTAN JOKE」を演奏していますが、なんと、歌なしにもかかわらず奈保子さんのオリジナル版よりテンポがスローになっています。ふつうは逆でしょ、と言いたくもなりますが...。しかし、それだけに、奈保子さんの“器楽奏者的歌手”としての凄さが際立ってきますね。





“奈保子バンド”コーラスMILKの宮島律子さんも奈保子さんのリズム感を絶賛していました。

『この曲は メロディーが
クイクイで すごくリズムのとり方が
難しいいんだけど

奈保子さんの歌は ほんとに素晴らしいなって
いつも 一緒に歌いながら
感動でいっぱいになってた★』

(詳しくは宮島律子さんのブログを。)


曲のエンディングで奈保子さんはピストルを撃つ仕草をします。カッコイイです。しかし、私は、曲を聴いている最中に「お前はもう死んでいる」状態なのです(笑)。奈保子さんのリズムの切れの良さは、まさに音速の速さで、音が鳴っている間中、私の心を幾度となく突き刺してしまっているのです。ああ~。