2016年11月22日火曜日

手紙 161122


奈保子さん、ご無沙汰しています。

今日11月22日は「いい夫婦の日」だそうです。奈保子さんは1996年2月のご結婚ですから、今年すでに結婚20年を迎えられているのですね。あまり詮索するのは好きではありませんが、きっといいご夫婦なんだろうなと想像しています。ちょっと前に出た週刊誌では、ご主人様が、kahoさんの学校の送り迎えを奈保子さんがされているとお話になっていました。いいご夫婦あっての、あたたかいご家庭ですものね。

そのkahoさんは、以前ご出演されたラジオ番組で、ピアノを弾くようになったきっかけについて、「おかあさんがよくピアノ弾くんで、そこからピアノに興味を持って…」とお話しされていました。いいなぁ。最高の音楽教育環境ですよね。

私は、奈保子さんの歌はもちろん、奈保子さんのピアノ演奏も大好きです。

ピアノという楽器も、本当に不思議な楽器ですよね。ヴァイオリンやオーボエなどと違って、誰でもキーを叩けばちゃんとした音が出ます。発音することがとても簡単な楽器です。でも、本当の「ピアノの音」を出すのは難しい。

ピアノの蓋を覗き込むと、木の響板に頑丈な鋳造フレームが取り付けられ、合計20トン以上もの物凄い力で弦が張られています。鍵盤を押すと、ハンマーがその弦を叩いて音が出る仕組みになっていますが、鍵盤からハンマーに到達するまでに、グランドピアノの場合、1つの音につき約80点もの部品が精密に組みつけられているんですよね。ポンとキーを叩くだけでは想像もつかない、気の遠くなりそうな大がかりな機械。

ただ、そんな凄い機械だからこそ、同じピアノであっても弾く人によってうんと音が違ってくる。弾く人の技術はもちろん、その人の気持ちや人間性といったものまでも露わにしてしまう。おそろしい楽器でもありますよね、ピアノは。

奈保子さんの弾くピアノの音は、奈保子さんの声と同じように、とてもきれいで、澄んでいて、さらさら流る小川の水のように淀みがありません。ベストテンの折の白いお衣裳と白いピアノはとてもピッタリタリで、奈保子さんの内面の清らかさを映像としてもよく表現しています。歌の歌詞さえ無視すれば、もうこれは聖歌みたいに響いてきます。大好きです。

それから奈保子さんの指の美しさ。白い指はピアノの白鍵と、指の関節の動きはキーを叩いた時に生まれる鍵盤の凹凸と、まるで最初から想定された完全な組み合わせのように結びついています。このピアノは、奈保子さんの指を求めていた。幸せな白いピアノですね。

気が向いたら、またピアノのアルバムもお待ちしています。今度はMIDIではなく、スタインウェイを弾いてくださったら嬉しいな。




2016年11月16日水曜日

MY LOVE


作詞:谷山浩子
作曲:谷山浩子
編曲:若草恵

1983年10月発売のアルバム「HALF SHADOW」のラスト・ナンバー。リリース順は逆になりますが、個人的な好みでは、多くの奈保子さんファンから愛されている名曲「SKY PARK」への前奏曲として聴きたい曲です。

「SKY PARK」の背景が雲一つない澄んだ青空なら、「MY LOVE」の舞台はまだ星の輝く夜明け前。「SKY PARK」がすべての自然を肯定し、未来の希望を信じるところから発する“栄光の賛美歌”なら、「MY LOVE」は不安やおののきの混沌から信じるべきぬくもりをようやく手にして、すがるような想いを胸に歌う“小さな子守歌”。

慈しむような愛の気持ちというものは、いつもささやかなところから、ふわりと生まれ出るものではないでしょうか。ちょうどこの「MY LOVE」で歌われる、つつましやかな“愛の芽生え”のように。

  My Love 目覚めれば 夜明け前
  My Love 夢の中 まだ少し
  キラキラと流れ星
  落ちて行くその先に
  あなたの眠る静かな窓
  心がとんで行くわ

夜空に星がきらめき、流れ星が落ちる情景を音で模したかのような前奏に続き、♪My Love 目覚めれば 夜明け前~とやさしく、しかし大きな弧を描くフレーズ感をもって奈保子さんの歌が入ってきます。タイトルでもある「My Love」は、この曲の中で幾度となく繰り返されますが、奈保子さんは何と繊細に、深い情感を込めて「My Love」という言葉を、音符を、歌っていることでしょう。しかも、一度として同じように歌うことなく。

自分の心に芽生えた愛という感情に親しげに挨拶を送るような「My Love」、夢かうつつか自問するようにひそやかに語りかける「My Love」、夕べの愛のひと時を思い返しながらの甘美な「My Love」、明けゆく空に決然とした気持ちで歌う「My Love」...。

ちなみに、曲はハ長調。「My Love」のフレーズで使われるのはドとソの2つの音。つまり、主音(トニック)と属音(ドミナント)という、ハ長調の曲ではもっとも重要な2つの音だけです。谷山浩子さんが奈保子さんのための曲づくりでここに示している“正攻法の潔さ”を完全に理解した上での、ここでの奈保子さんの繊細な変化に富んだ歌いぶりです。

奈保子さんのことですから、大げさな演技や過剰な表現は一切排されています。音楽は、夜明け前独特の静けさを保ち、時の流れと同じようにゆっくりと、しかし淀みなく進んでいくのみです。その音楽の、あるべき流れのなかで、奈保子さんは、しらじらと明けてゆく朝焼けの空のような神秘のグラデーションを、音に、言葉に、施していきます。音によって光と色彩を表現できるなんて、何と素晴らしいのでしょう。

それにしても、奈保子さんご本人のお心のあたたかさが、そのまま伝わってくるかのような声のぬくもり。その“無償の愛”のやさしさと安心感とに包まれながら、♪この空もこの町も 悲しみの色に染まらないで~と歌う奈保子さんに心を合わせ、私もささやかな祈りを捧げます。奈保子さんの曲が聴けるこの平和な時が、いつまでも続きますようにと...。


2016年11月4日金曜日

ノスタルジック・ダンステリア


作詞:吉元由美
作曲:河合奈保子
編曲:瀬尾一三

この曲を歌っている映像を見るのが、最近本当に好きです。

私は1987年頃の、少し髪を伸ばし始めた奈保子さんに、大人の女性ならではの上品さ、落ち着き、そして清潔感を認め、特別な想いを寄せているのです。もちろん、見た目だけではなく、歌もますます充実し、作曲活動も軌道に乗ってくる時期ですから、1987年は、後追いファンとしても、ひときわ熱を入れて応援したくなる時期となっています。

ところが、1987年は、作品の数がぐっと少なくなってしまう年でもあるんですね。アルバムは「JAPAN」の1作、そしてシングルも同アルバムからシングル・カットされた「十六夜物語」1作のみになります。セルフ・プロデュースを始めた奈保子さんが、マイペースで(それはデビュー当初からの奈保子さんのモットーでもありましたが、ようやくこの頃になって物理的にも時間の余裕が持てるようになったものと思われます)、着実に仕事をこなすようになった結果だと思いますが、それとともに、業界全体としても、奈保子さんの曲に限っても、“いいモノ”が売れなくなってしまった時代背景も考慮しなければならないでしょう。

1987年11月頃というテレビ番組等でのこの曲の映像は、それ故とても貴重です(twilightさんのブログ参照)。同年7月24日発売の「十六夜物語」を遅くとも10月頃には歌い終え、次のシングル発売の予定もなかった奈保子さんの、いわば“つなぎの曲”が「ノスタルジック・ダンステリア」(と「黒髪のアマリリス」)でした。

“つなぎの曲”なんて失礼な!すご~くいい曲です。オールディーズまたはロカビリー風とも言える曲調は、「夢みるコーラス・ガール」(アルバム「Scarlet」)や「黒髪のアマリリス」(アルバム「JAPAN」)から続くもの。編曲が瀬尾一三さんですから、曲の制作時期はその2曲とほぼ同じ(1986~87年)と考えられます。しかし、詞の内容は、1988年のアルバム「Members Only」のいわば前ぶれ。♪名前が変わるのよと言い出せないまま~、♪朝になればみんな不良な大人たち~など、「Members Only」の同窓会的な世界観があちこちに顔をのぞかせています。

「Scarlet」「JAPAN」「Members Only」というアルバム3作をつなぐ、とても重要なポジションにある曲と言えるのに、そのどれにも収録されなかった“不遇の曲”。(1987年12月10日発売のリミックス作品なども含む企画アルバム「Timeless-Naoko Special Mix-」にひっそりと収録されています。)

それにしても、なぜシングルにしなかったのかなぁ...。

後追いファンの身勝手な妄想ですから、適当に流して読んでいただきたいのですが、「ハーフムーン・セレナーデ」、「十六夜物語」というバラード2作の次に「ノスタルジック・ダンステリア」を出せば、「あぁ河合奈保子はこういう楽しいナンバーも作れるのか」という評価も得られたでしょうに。映像で見ると“大人っぽい可愛さ”も、これでもかってくらいにアピールできてますし。「悲しい人」(1988年3月発売)の前にこの曲でワンクッション、欲しかったなぁ。

曲は、控え目で可愛らしい“語り”も交えたイントロに始まり、すぐにテンポを上げ陽気に。A(♪Tell me why, baby~)-B(♪ジルバで恋をしたら~)-C(♪Darling, it's you~)という基本構成。なんだかどれをサビにしてもいいくらいの、耳に心地いいメロディーが次から次に出てくるのですが、アルバム「Scarlet」制作時の「時々長くなる曲ができてしまう。Aメロ、Bメロ、A'、B'、C'…と延々と伸びて、どこかハショらないとみたいな場合がある」という奈保子さんの発言をちょっと思い出させますね(この曲の場合、特に長いわけではありませんが)。2番まで終わり、サックス・ソロの後のC'(♪仲間達はここへ淋しさの天使つれて~)が、メロディー的に切れのある変化球になっていて、「いい曲だなぁ」と聴き手にしみじみ思わせる“隠し味”を曲に与えています。作曲家としてこういう芸当、なかなか出来るものではありません。奈保子さん、すばらしいです。







2016年11月2日水曜日

セレネッラ


作詞:櫛田露弧/伊藤アキラ
作曲:川口真
編曲:船山基紀

「奈保子さん、もう少し力を抜いて歌ったら?」

そんな風に声をかけたくなる歌唱がいくつかあります。5thシングル「スマイル・フォー・ミー」のB面「セレネッラ」も、私にとっては“奈保子さん力み過ぎ”の枠に入ってしまう歌唱のひとつです。

  私を女神と呼ばないで
  それでは愛は届かない
  もしも本気で好きならば
  ひとりの少女に恋をして

主人公は“ひとりの少女”の心を持った女神のはずですが、奈保子さんのシリアスな声からは、“気高き女神”の姿ばかりが目に浮かびます。う~ん、奈保子さんらしいというか、なんというか...。私が作詞者(もしくは作曲者)だったら、♪私を女神と呼ばないで~キャハ!(あるいはナハハ!)っていうくらいの、ブットビ感のある明るさも期待してしまったかも知れないです。

女神として存在し続けねばならない運命の重たさと、“ひとりの少女”の無邪気さや茶目っ気とが、この曲の中でデュエットのように、時に対照的に、時に絡みあって描かれたなら、どんなに複雑な面白さが引き出せたでしょう。“女神”に恋している男の子が、ごくありふれた“ひとりの少女”的な女神の一面を知ってどう反応するか、というような想像も一層ひろがったことでしょう。

  よごれたその手でふれてもいいわ
  よごれた言葉をぶつけていいわ

一方、この歌詞の部分での奈保子さんの歌いっぷりは完璧と言えます。綺麗ごとではない、人対人との真剣勝負のお付き合いを望み、傷つくことさえ怖れない。その気高く美しい覚悟が、女神たる奈保子さんの張りつめた厳しい歌声を通じて、聴き手にひしひしと伝わってきます。

たとえば、「イチゴタルトはお好き?」の時のような、明と暗、真面目とおふざけ、正気と狂気といった二面性の対照を、「セレネッラ」でも聴かせてくれていたらどうなっていただろう――そんなことを想像せずにはいられません。奈保子さんはここで、まるでブラームスの歌曲にでも取り組んでいるかのように、襟を正して一本気に歌っていらっしゃるんですもの。正直申して、もっと軽やかな遊びの精神が欲しかったです。ただ、もとを正せば、曲自体の出来がもう一つとも言えますね。それこそブラームスみたいに、炙っているうちにじわーっと滋味が溢れ出てくるタイプの曲ならば、奇をてらうことのない奈保子さんのアプローチがもっともっと生きたかも知れません。

シングルでは♪セレネッラ セレネッラ~だけだったコーラスに、アルバムでは♪ah あなたはやさしく~、♪ah あなたは美しく~というフレーズが付け加えられています。奈保子さんの“完全女神的”歌唱のイメージに曲自体を近づけさせるための修正かなぁ、なんて。これは完全に妄想ですが。

最後に“セレネッラ”について。アルバム「DIARY」の歌詞カードには、「セレネッラ(Selenella)はイタリア語で水の妖精(Selena)の愛称です。」という註がありますが、私はこの註、ちょっとあやしいと思っています。私が持っている小学館の『伊和中辞典』には、どちらの語も載っていないのです。twilightさんのブログ記事にも紹介されているように、セレネ(Selene)はギリシャ神話の月の女神ですし、歌詞の内容的にもセレネッラを「水の妖精」というより「月の女神」と解釈するほうがしっくり来ます。(♪月が雲にかくれたら私を女神と呼ばないで~という歌詞もありますね。)

奈保子さんファンの方々とのやりとりで、奈保子さんに月のイメージをお持ちの方が多くいらっしゃることに気づきました。確かに、漆黒の夜空に無数の星々を従え、燦然ときらめいているお月様のイメージは奈保子さんにぴったりです。やさしく下界を照らし、夜の邪気を追い払う清らかな月の光も、奈保子さんのオーラそのもののように感じられます。やっぱり私は、月の女神のイメージをより効果的に用いた、奈保子さんの清潔なアプローチにも耐えうる別の曲調で「セレネッラ」を聴いてみたかったですね。