2015年10月21日水曜日

イノセンス


作詞:売野雅勇
作曲:後藤次利
編曲:後藤次利

この詞は嫌いじゃないですね~。売野さんの挑発路線の詞については、奈保子さんファンの間ではいろいろな意見がありますし、私自身余り好きとは言えませんが、この「イノセンス」の詞はかなり振り切れています。ここまでやれば、むしろ“爽快”と言ってしまってもいいくらい。

  好きな気持を故意と隠すわ
  見抜けないほど子供じゃないはずね
  振り向いたなら 恋にならない
  熱いわ背中 ジレるあなた見える

生真面目な男性が恋のお相手。♪必要以上優しすぎるの~とか、♪微笑みの気弱さにつけ込むように~とか、♪白いキャンパス汚すみたいに~とか、もう“イノセント・ボーイ”にやりたい放題(笑)。完全に女性が主導権を握っています。

挑発路線の代表みたいに言われる「エスカレーション」も「UNバランス」も、男女の力関係という点では、もっと拮抗している感がありました。ゆえに、女性の“魔の手”がウブな男性を完全支配する「イノセンス」は、そっち系がお好みの男性には貴重な1曲となるでしょうね。(ちなみに私はそういう趣味はありません。相手が奈保子さんなら考えなくもありませんが...)

この曲、音楽がいいんです。後藤次利さんは、奈保子さんの作品ではすでに何曲かアレンジを担当していましたが、作曲は結局この1曲のみだったのではないでしょうか。けっして派手な曲ではありませんが、「エスカレーション」と「UNバランス」を従え、アルバム「HALF SHADOW」の冒頭曲に抜擢されるだけのパワーがこの曲には充満しています。後藤さんは後におにゃんこでさらに有名になり、ウィキペディアによると「楽曲のサビを最初の30秒以内に提示する技法を多用した」とあります。うまくテレビやラジオの放送に乗せるための手法で、なるほどと思わなくもないですが、「イノセンス」にはそんな技法は関係ありません。しかも、お相手が奈保子さんですから、純粋に後藤さんがカッコイイと思う曲を作れたのではないでしょうか。

例えば、1オクターブ以上の幅広い音域を使って女性の本性を独白するAメロ(♪好きな気持を故意と隠すわ~)、少ない音数ながらささくれだったような、痛みを伴う焦燥感を伝えるサビ(♪心とっくに裸のままよ~)など、歌唱力のない人が歌ったのでは様になりません。奈保子さんの歌い方は超クール。曲に知的な上品さが備わっているように聴こえるのは、歌っているのが奈保子さんだからで、こういう曲はいくらだって下品になり得ます。曲(詞)とご自分との距離感をいつも適切に保ち、音楽を芝居としてではなく、純粋に音楽としてきれいに響かせようとする奈保子さん、さすがです。

後藤さんが好き放題にやれたのかなぁと想像してしまうのには、アレンジのよさもあります。後藤さんご自身が弾くベースがまさに“ベース”となり、その上にエレクトリック・ギター2本が重ねられ、さらにマンドリン(奈保子さんが熱心に習っていた楽器!)が乗っかる。弦楽四重奏のポップス版とでも言いたいくらい(実際は他の楽器も加わるので違いますが)、同族楽器のアンサンブル主体による透明感のあるサウンドに仕上がっています。立体的な音響空間が広がる上質な録音も、アレンジの良さをひきたてていますね。

2015年10月16日金曜日

スマイル・フォー・ミー(Unreleaced Version)


作詞:竜真知子
作曲:馬飼野康二
編曲:船山基紀

同じ歌手のために、1つの曲に複数の異なるアレンジが用意されることは、よくあることなのでしょうか。私は詳しく存じませんが、そう頻繁にある話でもなさそうです。その意味で、大変貴重と言えるのが、ベストアルバム「ANGEL」に収録されている「スマイル・フォー・ミー」のUnreleaced Versionです。(もう1曲、「ムーンライト・キッス」のUnreleaced Versionというのもあり、それはそれで大変面白いので、また別の機会に取り上げたいと思います。)

どうして「スマイル・フォー・ミー」に2つのアレンジ(船山基紀さん編曲、大村雅朗さん編曲)が存在するのか。ツイッターでWhite Autumnさん、hiendさんに教えていただいた情報をまとめてみます。

・船山編曲の「スマイル~」は2ndシングルの候補だった
・2ndシングルは「ヤング・ボーイ」に決まり、「スマイル~」はストックされる
・「スマイル~」を5thシングル候補とする際、大村氏にも編曲を依頼
・船山編曲と大村編曲をコンペ
・シングルとしては大村編曲を採用

大村雅朗さんは、八神純子さんの「みずいろの雨」でアレンジャーとして脚光を浴び、初期の松田聖子さんの曲でその名を上げていたそうです。奈保子さんのスタッフとしては、かなり早い段階から大村さんに目をつけていたのではないでしょうか。チャンスは5thシングル「スマイル・フォー・ミー」でめぐってきます。前奏でいきなり16分音符の躍動的なリズムを刻むストリングス、それに続くさわやかなコーラスとドスの効いたブラス・セクション、Bメロでのギターとベースの丁々発止のやり取り、サビでのキーボードの冴えた音、間奏で表舞台に立つギターソロの激しい咆哮...。奈保子さんのそれまでのシングルと比較すると、いわゆる昭和歌謡的なしっとりとした味わいから、さわやかな、アメリカ西海岸風の乾いたサウンドにガラッと変わっています。これを転機に、まずはアルバムで、次にシングルで、大村さんの起用が急激に増えていくのはご承知の通りです。(ほぼ同時期に、聖子さんのシングルはユーミン夫妻が手がけることが多くなり、大村さんの手を離れていきますので、奈保子さんサイドとしてはラッキーだったかもしれません。)

船山基紀さんアレンジによる「スマイル・フォー・ミー」は、デビュー曲「大きな森の小さなお家」の延長線上のものとして、2ndシングルの候補となりました。同じ全編長調による「スマイル・フォー・ミー」を後回しにし、長調と短調が1つの曲の中で交錯する「ヤング・ボーイ」で奈保子さんの“陰”の表現力を磨かせ、さらにやはり長・短の転調がある「愛してます」「17才」をじっくり歌わせることで、あの大村編曲の「スマイル・フォー・ミー」の胸のすくような“陽”の飛躍を周到に準備させたことは、ディレクターの古池鋭也さんをはじめとする日本コロムビアのスタッフの方々の英断だったと、私は思います。そうして、アレンジャー変更を含む、これだけ鮮やかな路線変更は、その場の思い付きなどではなく、当初から(2ndシングル選定時から)想定されていたのではないかと勘ぐってしまうわけです。

「大きな森の小さなお家」と船山編曲の「スマイル・フォー・ミー」をぜひ続けて聴いてみてください。私のような一般人でも、まず有り得ないと思いますね。変イ長調という調性も同じで、まったく寝ぼけた感じ(失礼!)。奈保子さんが、単に明るいだけの、何も考えていない能天気キャラにも見えて来ます。(本当は知的な歌手なのに!)

日本コロムビアのスタッフが偉いのは、非は編曲にあり、曲自体は優れていることをちゃんと見抜いていたことでしょう。

言いたい放題ついでに、もう少し。船山編曲はド頭から、大ポカをやらかしている。♪Smile for me, smile for you~のリズムです。ここは付点4分音符なんですよ。それを2分音符に伸ばして、forもmeも拍の頭にしてしまっている。これでは「うんとこしょ、どっこいしょ」の鈍重な農耕民族系リズムとおんなじじゃないですか。なんともダサい。しかも合いの手がフルートのピーピーピーピー...。船山編曲、全然ダメですね、この曲に限っては。付点4分音符は、例えば♪恋が芽ばえているの~のフレーズをはじめとして、この曲のあちこちに現れるキーとなるリズムで、部分的にずらされたリズムが音楽に生き生きとした躍動感を与えているわけです。船山さんは、他のところは手を付けず、サビだけリズムを書き換えてしまいました。まったく中途半端で、私には意味不明な仕事です。これでは、採用されませんね。(あくまでこの曲に限った話ですので...。船山さんの編曲家としての業績は、奈保子さんの他の曲はもちろん、「勝手にしやがれ」「恋人よ」「君に薔薇薔薇…という感じ」など多くのヒット曲で揺るぎないものです。)

救いは奈保子さんの歌唱ですね。すんばらしい。もしかしたら、大村編曲のテイクよりいいかもしれない。奈保子さんは、テレビ番組などで「スマイル・フォー・ミー」を歌い重ねていくうちに、Cあたりの高音域に、息の瞬発力を用いて声を“当てる”歌唱法を身に付けます(まだ振付のおぼつかない頃の映像と十分に歌い慣れた後の映像とを比べると、その声の違いは明白です)。船山編曲に聴かれる奈保子さんの通りのよい声と躍動感みなぎる表現、そして余裕すら感じさせる歌唱力は、こちらの方が時期的に後の歌入れだったのではないかと想像させるに十分です。

せっかくですから、音源を3種、掲載します。ぜひ聴き比べてみてください。同じ大村編曲でも、シングルとアルバムでミキシングがずいぶん違い、シングル版では歌を大きめに、オケを小さめにしてあります。逆に、あまり音をいじらず、ライブ感みなぎる音の洪水を楽しめるのがアルバム版です。私が好きなのは、断然アルバム版。すべての音が生きていて、大村さんの編曲の素晴らしさが際立ちますし、奈保子さんと大編成のオケの熱気あふれる“競演”もとても聴きごたえがあります。






2015年10月5日月曜日

ハイレゾ導入の第一印象


ツイッターでも報告致しましたが、本日ハイレゾを導入。「Twilight Dream」「SKY PARK」「Summer Delicacy」の3枚を購入しました。今日は音質の第一印象を記します。

ハイレゾ=☆☆☆☆☆
・例:最新のSIGMAのカメラで撮った写真
・声、各楽器がポリフォニック(多声的)に聴こえ、かつ自然
・歌詞がよく聞き取れる
・クリアだけど冷たくない
・スピーカーの存在が消える
・劣化の心配がない

LP=☆☆☆☆
・例:リアラエースで撮ったフィルム写真
・にごりはあるけど、独特の透明感あり
・デジタルではとって代われない何か(音の実在感)
・内周にある曲は絶対的に音が悪い
 (「涼しい影」「Twilight Dream」などはハイレゾに完敗)

CD=☆☆
・例:一昔前のデジカメで撮った写真
・悪くはないが、上2つと比較するとその差は歴然

ハイレゾで特にいい音と感じたのは「SKY PARK」です。奈保子さんのアルバムは、基本的に、オーケストラの音が大きめに入っていますが、中でも「SKY PARK」はその傾向が顕著で、オケが大きめのバランスが好きな私でももう少しヴォーカルが大きくてもいいかな、と感じていました。ハイレゾ版でそのバランスが変わったわけではありませんが、声の輪郭が楽器に埋もれず、しっかりと伝わるようになり、あぁこれがスタジオでベストと感じたバランスなのかと感動を新たにした次第です。奈保子さんの声の美しさがより引き立つのに加え、歌詞のひとつひとつに施す奈保子さんの表現の彫琢の細やかさに、あらためて驚きました。

音質の面で大絶賛のハイレゾですが、課題もあります。もっとも大きな問題と感じたのが、歌詞カードの不備です。購入者は安くはない買い物(1枚3,000円)をしているのですから、オリジナルの歌詞カードを精細な画像データで見られるように工夫してほしいと思いました。ハイレゾで初めて奈保子さんのアルバムを買った人は困ってしまうはずです。あとは、ブックレットが付属しない問題とも関係しますが、所有する喜びの希薄なことです。もっとも、音楽というものは個人が所有・占有できるものではないし、手にしたと思った瞬間どこかに消えていってしまう性質を持っていますので、「所有する喜び」とは矛盾するのですが。

これからLPかハイレゾか迷っている若い方に私が何か言えるのでしたら、まずはLPをオススメしたいと思います。LPは、針が盤面をこすることで音が出ます。「摩擦によって音が出る」という物理の法則と同じです。そこには、「音の実在」が感じられます。そうして、黒い円盤も針も、大切に扱わないとすぐダメになってしまいます。実在とは劣化していくものであり、そこに文化を大切に育む精神が養われるはずと思います。まぁ、そんな理屈っぽく考えなくとも、単純に面白い。ジャケットも見応えがあり、ブックレットも丁寧に作られたものが多いです(特に奈保子さんのアルバムは)。私も、今年2月にひさびさにLPを手にして、その素晴らしさをあらためて味わいました。LPが廃れてしまう前に、その面白さと独特の音を味わっておくべきです。ハイレゾは、どうせそのうち主流になるメディアですから。

ご参考までに私の視聴環境です。
アクスティックラボ Bolero Grande(SP)
クレル KAV-300i(プリメイン)
トライオード CD5SE(CDP)
ローテル RDD-06(DAC)
デンオン DP-57L(LP)
デンオン D-103(カートリッジ)
ケンブリッジオーディオ 651P(フォノイコ)
MacBookポリカ2010(パソコン)
Audirvana PLUS(ハイレゾ再生ソフト)


2015年10月3日土曜日

ラヴェンダー・リップス


作詞:売野雅勇
作曲:林哲司
編曲:萩田光雄

ちょうど30年前の今日(1985年10月3日)発売された奈保子さん22枚目のシングル。秋の雰囲気にぴったりな曲で、このところヘビー・ローテーション中です。

  霧が流れて 秋
  薄紫に濡れた前髪
  触れた吐息に瞳閉じたの
  うつむいて揺れるコスモス

シタール?のような音色の撥弦楽器とストリングス、そしてトランペット、ドラムスによるなかなかゴージャスな、しかし抑制のきいた前奏と、奈保子さんがあたかもコーラスの一員のように声を抑えて歌う頭サビ(♪優しく steal my lips~)。それに続く穏やかなAメロの歌詞を上掲しました。主人公の女性は、この曲ではいつも、ラヴェンダーかコスモスの花に例えられています。


♪うつむいて揺れるコスモス~。曲を聴きながら、ジャケットを見てみましょう。確かに、ここまでカメラから目線をはずし、うつむいていらっしゃるジャケットは、それまでなかったかも知れません。『至上命令がくだっていたオリコン1位は前作「デビュー」で達成した。だから、挑発路線も、売上至上主義も一旦忘れて、河合奈保子本来のキャラクターを生かし、22歳の女性ならではの“内省的な可愛さ”がひきたつような作品を』とスタッフさんが考えたかどうかはわかりませんが、とにかく、ジャケットからして力みがすっと抜けている。自然体の美しさ、というものが感じられます。Aメロ自体、秋風にコスモスがそよぐ穏やかな風景と時間を、音によってただただ写し取っているかのようです。

すると、Bメロ(♪キッスしてもいいのよ~)で変化が。ここでカメラの焦点は風景から主人公の心の中へと切り替わります。うつむいていたコスモスも、抑えきれない胸のときめきを抱えていたのですね。しかし、それを口に出そうにも、うまく言えない。ためらいがちで、相手にうまく伝わらないかもしれない。そんなもどかしさが、リズムがずらされたように聴こえる音楽で描写されます。(譜面上どうなっているかわかりませんが、4+4の8拍を、この場所だけ2+3+3というふうに分けて振っている指揮者の映像を見たことがあります。確かにそのほうが拍が取りやすいです。)奈保子さんの歌は、まさに“内省的な可愛さ”。これ以上も、これ以下もあり得ない、絶妙な“朗唱”です。

そうしてサビ(♪優しく steal my lips~)では、Aメロの風景描写と、Bメロの心象風景が二重写しにされるのです。“あなた”と幸せに結ばれたいという主人公の気持ちが、秋風に乗って、とめどなく溢れてきます。それは主人公の幻想世界であって、奈保子さんはその夢を、限りなく優しいニュアンスで聴き手の心に届けてくれます。張り過ぎず、かと言って引き過ぎず...。一面の薄紫の花々に囲まれ、きれいな空気を胸いっぱいに吸い込み、そしてすうっと息を吐き出す時の、あの自然な幸福感とほのかに甘い陶酔が、奈保子さんの声から香ってきます。

「女の子らしい詞はもちろん、特にメロディーが好きです」とこの曲について語っていた奈保子さん(ベストテンにて)。林哲司さんの紡ぎ出す息の長いメロディーに、その身をまかせ歌っている奈保子さんの学ラン姿(?)がまぶしい夜ヒットの映像が、何と言ってもオススメです。