2015年9月24日木曜日

Wings Of My Heart


作詞:河合奈保子
作曲:河合奈保子
編曲:西平彰

モーツァルトのピアノ協奏曲が好きです。27曲もあり、様々なタイプの曲が残されています。モーツァルトは時の権力者と対立し自立した、ほとんど最初の音楽家だったと言ってもいいと思いますが、富める者からの支援なしで生活していくために、自らピアノを弾いてオーケストラと共演し、たくさんの聴衆を集め、演奏会を興行として成立させるための「ピアノ協奏曲」を量産したのでした。それらは、聴衆に最高の“耳の快楽”をあたえるとともに、俗物性とは無縁の、音楽ならではの不思議な魔法に彩られた“宝石”とも言える作品群でした。

しかし、死の年(1791年)に作曲された最後の第27番というピアノ協奏曲は、それまでのピアノ協奏曲とは全く異なる様相を呈しています。“売れっ子”であった時代はとうの昔に過ぎ去り、困窮を極め、病にも苛まれていたモーツァルトは、本当に数少ない自分を愛してくれる聴き手と、そして何より自分自身のために、第27番の協奏曲を書きました。この曲は、およそ一切の目的意識から解放された音楽であり、天国の入り口にもっとも近いところで鳴り響く清澄な音楽と言ってもいいかも知れません。

私は、たった1曲モーツァルトのピアノ協奏曲を選べと言われたら、おそらく第27番をとるだろうと思います。

さて、いつも前置きが長くて申し訳ないです。本当は「前置き」ではなく、奈保子さんの曲を聴いている時に、前置きに書いているようなことを思うのです。今回は、歌手名義では奈保子さんの(今のところの)最後のアルバム「engagement」を聴いていて、そして特に5曲目の「Wings Of My Heart」を聴きながら、モーツァルトの最後のピアノ協奏曲を思い出していました。

ひとつ前のアルバム「ブックエンド」(1990年6月発売)から3年余、奈保子さんは自らの音楽が今後どうあるべきか深く悩み、様々な試行錯誤をしていたそうです。私はと言えば大学生で、森高千里さんや乙女塾のアイドルに夢中になっていた時期。正直、河合奈保子さんが何かで話題にのぼった記憶がありません。1990年代前半は「アイドル冬の時代」などと言われましたが、アイドルを卒業して優れたシンガーソングライターになっても、いつまでも「アイドル」という枕詞がぬけない奈保子さんにも、それはそれはつらい冬の時代だったろうと想像します。

「どうせいいものを作ったって、売れっこない」―こんな絶望にも似た気持ちが、当時の奈保子さんを襲ったとしてもおかしくはありません。そんな奈保子さんが、様々な葛藤の末、最後は自分自身を信じて、自らの言葉と音楽により、素直に心境をつづった歌、それが「Wings Of My Heart」ではないでしょうか。

歌詞はTEAROOM☆NAOKOさんのページに掲載されています。♪あなたが望めば飛んでゆける 心には翼があるから~...私が好きなユニコーンの「すばらしい日々」(作詞作曲:奥田民生)にも似た、再会の奇跡を痛切に願う、溢れんばかりの気持ちが閉じこめられた歌です。

奈保子さんがこの曲で「あなた」と歌う時、その「あなた」には、奈保子さんの音楽に魅了され、その価値を信じて疑わない私たちファンも含まれているはずです。その意味で、「Wings Of My Heart」は、アルバムの最後に置かれた「FOR THE FRIENDS」(作詞は吉元由美さん)と対になる曲と言えるでしょう。売り上げやランキングといった雑事からは解放されたところでの、奈保子さんのただならぬ、重い決意が、そのサウンドの背後から聴こえてきます。それは、心から愛するファンに対しての、しばしの別れの挨拶です。私たちは、この曲を涙とともに聴きながら、再会の時が訪れることを待ち望むしかありません。

2015年9月18日金曜日

WIEN 哀しみのコンチェルト


作詞:売野雅勇
作曲:筒美京平
編曲:矢島賢・矢島マキ

アルバム「さよなら物語」は、私は、大きなひとつの物語として構成されているという風に聴きますので、このブログでは曲順にしたがって綴ってきました。とは言っても、5曲目「FIN 白夜の季節」の記事から早11か月。ちょっと時間が空きすぎましたね。

恋人と別れ、失意の旅を続けている主人公は、北欧からウィーンに入ります。ウィーンは言わずと知れた音楽の都。モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブルックナー、ブラームス、マーラー...。この楽都を歩いていると、この地で活躍した作曲家たちの足音が聞こえてくるような、そんな気がして、“風化”しない、させない街の伝統の重みと底力に、私はいつも感銘を受けます。

この曲、実はあまり冷静に聴けません。私には恋愛などの浮いた話はなく、仕事だけですが、ウィーンという街には思い出があり過ぎて、たとえば、♪レンガ路を行く辻馬車~と聴けば、まさに心地よい音楽のような、石畳を馬が駆けるパッカパッカという蹄の音を連想し、♪Cafe MOZART オペラの帰路~と聴けば、オペラ座の裏手にある、ザッハトルテで有名なホテル・ザッハーの脇の、モーツァルトの肖像画が飾ってあるこじんまりとした「カフェ・モーツァルト」を思い出してしまい、奈保子さんと私がウィーンでラブラブ・デートしていたなどという、まったくありえない物語を想像してしまうのです。まったく、これではツイッターでの「妄想奈保子劇場」と同じですね。なんと偉大なる音楽のイメージ喚起力でしょう!(開き直り)そして、私なら、奈保子さんにこんな悲しい思いは絶対させません(笑)。

「オペラグラスに鈴の音鳴らし」「哀しみを知った愛は Concerto」「サヨナラが胸のピアノ弾き」など、“音が出るもの”の描写にとことんこだわった売野雅勇さんの詞が、この曲ではとても効果的です。奈保子さんにどういう女性を演じさせるか、という問題について一から考えさせると、私の期待するイメージから遠ざかっていく一方の売野さんですが、このアルバムのように、すでに物語と場所の設定に動かしがたい縛りがある場合、その制限によってかえって有効な想像力が働き、心に突き刺さる言葉を紡ぎ出すことのできる作詞家さんなのではないかと、最近売野さんのことをあらためて評価しています。この「さよなら物語」以外では、例えば「THROUGH THE WINDOW~月に降る雪~」など、元来英語の歌詞を日本語にするというような“不自由な”仕事の方が、良い結果が出ている気がするのです。

曲は、A(♪ドナウの街哀しみ連れ~)、B(♪哀しみを知った愛は Concerto~)、C(♪絹のシャツ素肌に抱き~)という構成で、Bが通常のサビに相当します。筒美京平さんの曲ですから、どの場所にも奈保子さんの優れた歌唱力を見越した、動きのある旋律が置かれています(例えば、歌い出しからたった2小節で転調するA部)。なかでも、サビを受けて曲をまとめるC部が、私には印象的です。1番ではBの後、ちょっと間奏があって、それからCへ。2番ではCは割愛され、Bのリピートの後、今度はBの旋律の終わりにいつの間にかCがつなげられています。「音楽のかたち」を自在に操れる熟練作曲家ならではの技ですね。

クラシカルなアレンジもとてもいいのですが、物語の背景でさえずりを聴かせるフルートや、哀愁を帯びた曲想を大いに盛り上げるストリングスなどは、打ち込みではなくアコースティック楽器を使ったほうが雰囲気が出たかもしれません。ただ、それは曲単体での感想であって、アルバム全体を通して聴くなら、やはり打ち込みで統一というのがベストだったのでしょうけれども。

2015年9月12日土曜日

月影のふたり


作詞:さがらよしあき
作曲:河合奈保子
編曲:ミッキー吉野

「Calling you」と「ブックエンド」が、私の中でうまく聴けないアルバムになっていることは、これまでにも何度か述べてきました。その理由は、「河合奈保子」というキャラクターを消し去り、できるだけ透明な存在、すなわち抽象的な存在にならんとする、奈保子さんの厳しいプロ精神由来の「潔癖性」にあるのだろうと考えてきました。それが、奈保子さん本来の、太陽のような明るい心で歌を素直に表現し、時には体当たりも辞さない果敢な積極性をいくらか減退させ、低い音までファルセットを使う“無機質”とも言える表現に傾けさせたのだろうと考えてきました。

その考えに未だ変わりはありませんが、えびふらいさんのツイートを拝見していて、「ああ、そうか」と思い直したことがあります。編曲の問題です。えびふらいさんによると、「静かの海」(1989年のベストアルバム「Masterpieces」収録)は、奈保子さんのラジオで弾き語りでまず披露され(1985~86年頃)、その後数年経ってからようやく音盤に収録にされましたが、奈保子さんご自身による弾き語りバージョンのほうがずっとよかった、ということです。そう言えば、私、ミッキーさんの編曲で心からいいなぁと思ったものは...ない...かもしれない。端的に言いますと、ちょっと騒々しいんですよね(笑)。

1989~90年頃の奈保子さんの音楽の方向性とミッキーさんの編曲が、ぴたり一致しているかと問われると、疑問符がつきます。私がこの時期の作品をうまく聴けない大きな理由の一つに、音数が多すぎて、音質もハードすぎる「編曲」も、今後は加えておくべきでしょうね。(逆にこういうテイストが好きな方も少なくないと思います。ここは素人の独断と偏見の場としてご海容ください。)

そんなことを考えながら―なるべく伴奏を聴かないようにして―あらためて「Calling you」を聴いてみたら、奈保子さん、本当にいい旋律を紡いでいらっしゃるんですよねぇ。ああ、自分は聴けてなかったなぁ...。でも、やっぱり、そこが楽しかったり。聴き方ひとつで、まったく伝わり方が違ってきますものね。

アルバムの最後に置かれた「月影のふたり」が、特に、今の私の心に響いてきました。8分の6拍子のリズムを、奈保子さんにしてはめずらしく、ところどころテンポ・ルバートしながら、でも持ち前の清潔感で品よく響かせている―それはなつかしき“昭和歌謡”の味か。西田佐知子さんあたりが歌っていそうな、ちょっと気怠い雰囲気に、ほのかなりし月影にぎこちないふたりがいつしか寄り添い、気持ちが通い合っていく時間と景色が、聴く者の心を透明に澄ましていきます。「晩夏に人を愛すると」にも通じるシンプルな、枯れた味わいを持つ曲です。

もしも私がプロデューサーだったら、編曲は武満徹さんに依頼し、小編成のオーケストラを使ってみたいですね。ここでの奈保子さんのファルセットは、無機質というより、どこか浮世離れした夢の世界を描いているかのようで、そのほわんとしたやわらかな声には、室内楽的な響きのオーケストラがぴったりのように思えるからです。

2015年9月9日水曜日

WEATHER SONG


作詞:谷山浩子
作曲:谷山浩子
編曲:鷺巣詩郎

かつての私の上司は某国営放送局音楽番組の大物PD(自称)でしたが、入局したての頃は報道に回され、天気予報の原稿なども書いていたそうです。今だから言えるという当時の笑い話は山ほど聞かされましたが、中でも天気予報は適当極まりない様子で、「昨日は晴れのちくもりだった?それなら今日はくもりのち晴れでいいやね」などと、アナウンサーやスタッフの人たちとのんびりわいわい放送していたそうです。

お天気なんて、どう転ぶかわからない。科学の進歩により予報の精度が格段にあがった現在でさえ、この「真理」は揺らがないようですね。

そして、この「真理」に恋愛をかけた歌が、数え切れないほどにたくさん存在していることも、ちょっと調べただけですぐにわかりました。天気予報と恋占いには、切っても切れない関係があるみたいです。

さて、「WEATHER SONG」。数ある天気(あるいは天気予報)に恋愛をかけた曲の中でも、これほど全編にわたって「天気」が歌われる歌もめずらしいですね。主人公は恋に恋する女性。いとしい人は誰なのか、どこにいるのか、いつ会えるのか、手がかりは何もない。それが天気(天気予報)に例えられています。

  あしたのことはわからないわ
  お天気はかわるもの
  天気予報は祈るだけよ
  あした天気になーれ

雨だれを模倣するキーボードとパーカッションの音(レとラの繰り返し)に始まり、ニ長調の主和音がホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ、ストリングス、パーカッションなども加えた大編成のオケによって執拗に鳴らされる前奏。パンパカパ~ン!悩みなし。とても開放的な響きで幕を開けます。

雨や曇りですっきりしないお天気など、気にしない。明日は明日の風が吹く。歌に入っても、Aメロ(♪RAINY RAINY 窓に雫のジュエリー~)、Bメロ(♪あしたのことはわからないわ~)と、“脳天気”と言ってもいいくらいの明るさで曲が進行していきます。

前にもどこかで書きましたが、アルバム「HALF SHADOW」のB面(5曲とも谷山浩子さん作詞・作曲)でひときわ印象的なのは、奈保子さんの暖色系の声です。「WEATHER SONG」での奈保子さんの声も、同じアルバムのA面に収められている「イノセント」や「UNバランス」とは対照的に、あたたかい橙の色彩を帯びています。聴いている間、「もしかしたら奈保子さんの声のもっとも陰影豊かで美しい瞬間が刻み込まれている曲かもしれない」と感じてしまうくらい、奈保子さんのきれいで、艶があって、張りとやわらかさが同時にあって、しかも無類に可愛らしい歌声が「WEATHER SONG」にはおさめられています。(実際には競合曲はたくさんありますよね。それはわかってはいても、現実に聴いている時間はそう信じて疑わぬほどの美しい声がスピーカーから溢れ出てくるのです。)

そんな奈保子さんの表現力や陰影の深い歌声に、“脳天気”と思われた曲が追いついてくるのは、ようやくサビに入ってからです。♪WEATHER SONG~と主和音の構成音をレ・ファ♯・ラと駆け上がった後、♪この空を~でニ長調の音階から外れ、ソ・ラ・シ♭と来ます。普通にソ・ラ・シだったら、まったく平凡な曲に終わったことでしょう。たった一音、シに♭(フラット)を付け、ト短調の短音階をふっと漂わせることで、天気だって、恋だって、予報・予感より悪くなることだってあることをさりげなく示した。谷山さんの作曲の仕事は、この一点に集中していたと言っても過言ではないでしょう。さすがです。もちろん、その曲調の変化に瞬時に反応し、まるでにわかにあらわれた薄雲にすこしだけ遮られた陽の光のような、やわらかな明るみを帯びた歌声を響かせる奈保子さんも。だからこそ、最後の♪あなたもひとりでいて~がひときわ切なく伝わってくるのでしょう。

谷山浩子さんは、アルバム「HALF SHADOW」での5曲に「こわれたオルゴール」を加え、計6曲を奈保子さんに提供しました。その作風は、奈保子さんのキャラクターに合っていたと思えます。石川優子さん同様、シングルで起用されなかったことがとても残念です。