2019年7月24日水曜日

プールサイドが切れるまで


作詞:売野雅勇
作曲:筒美京平
編曲:船山基紀

奈保子さん、お誕生日おめでとうございます!
お元気にお過ごしでしょうか?
今年もこの良き日をファンの皆さんとともにお祝いできますことを心から嬉しく思っております。そして、奈保子さんがご家族の皆様とともに健康で平穏に暮らしていらっしゃることをいつも祈っております。

今日は「プールサイドが切れるまで」を取り上げたいと思います。1986年の奈保子さんのお誕生日に発売されたシングル「刹那の夏」のカップリング曲です。作家陣は「刹那の夏」と同じ。筒美京平さんが奈保子さんに提供した最後の2曲ということもあり、私は特別に大切な曲として聴いています。

「プールサイドが切れるまで」も、筒美京平さんが奈保子さんのお誕生日にプレゼントとして作曲したのではないかと想像してしまうほど、とても丁寧に作られた美しい曲。「刹那の夏」の記事でも書いたように、ヒットを狙う野心も通俗性も影を潜め、ただ純粋に音の流れの美しさ(それは格調と言い換えることができるかも知れません)を追求したかのような曲です。

それ故、歌うのはかなり難しい。音の並びが総じて器楽的なのです。A(♪想い出の海岸で泣き出さないように~)は低い音程ばかりの朗唱のようなところに突然高い音が出てきたりします。奈保子さんは正確に音符を追うだけでなく、インテンポを遵守しつつ装飾音まで付けたりしています。B(♪ありふれた幸せ選んでゆくけれど~)はさらに難しい。ある一定の範囲の中で音程がころころと変わります。鍵盤をたたくように歌うことは簡単ではありませんが、奈保子さんのスムーズな歌の運びからは難しさが微塵も感じられません。そしてサビ(♪プールサイドが切れるまで~)はいかにも歌うのが気持ちよさそうな旋律で始まりますが(いわゆる声楽的な旋律)、その後半は歌うことに陶酔する気持ちをぐっと堪え、音楽全体の品格に奉仕する器楽的な音の動きを処理しなくてはなりません。歌い手には理性・知性が求められます。

こういう身体的欲求に反した、面倒な音楽の細部をおざなりに扱ってしまえば、あっという間に音楽全体はだらしなく堕してしまいます。はっきり言って、音楽づくりの現場は面倒なこととの絶え間ない闘いの場です。作曲家が楽譜に刻み込んだその面倒なことをいかに丁寧に、いかに誠実に処理するかが大切で、才能と技術を持った人がそういう仕事をコツコツと地道に積み重ねていくと、誰も見たことのない景色が息を呑むような鮮やかさで目の前に開けてくることがあります。奈保子さんがこの曲においてやっていらっしゃる取り組みは、そういう類のものと言えます。筒美さんも、気高き完璧性で曲の精巧な美しさを表出しきった奈保子さんの歌唱に、満足なさったのではないでしょうか。

歌詞はちょっと難解で、私にはよくわかりません。「想い出の海岸」が舞台かと思いきやそうではないようですし(「プールサイド」というタイトルですからね)、最初に出てきた「二番目の親友」はその後どこへ行ってしまったのかわかりません。そして「プールサイドが切れるまで」とはどういう意味なのでしょうか?ツイッターである方に教えていただいた「ノスタルジアの恋愛版」という解釈が、ちょっと観念的ではありますが、個人的には一番しっくり来ています。タルコフスキー監督の映画「ノスタルジア」には、「ろうそくに火を灯したまま温泉を渡り切ることができれば世界は救われる」というセリフが出てきて、実際にラストシーンでは何度かの失敗の後どうにか成功する場面が描かれています。映画の公開は1984年ですから、売野さんがそこからインスパイアされたと考えることもできなくはありません。この曲の場合、プールサイドを息を殺し歩いていき、涙でワインが溢れてしまわないうちに渡り切ることができるのかどうか...。そんな映像を想像しながら(歌詞の細部は無視して)この美しい曲を聴くのも一興です。


2019年3月3日日曜日

冬のカモメ


訳詞:売野雅勇
作詞・作曲:Tom Keane / Michael Landau / Mike Himelstein
編曲:Tom Keane & Humberto Gatica

春の訪れが日に日に感じられるようになってきましたね。こうなると不思議なもので、冬のきりりとした空気の冷たさを恋しく思うこともあります。そんな時、よくかけるのが「冬のカモメ」です。

♪北へ向かう~甲板から~。短いフレーズを少しずつ重ねるように歌が始まります。奈保子さんのここでの声のトーンは、私にはホワイトに映ります。♪北へ向かう~と歌った後に、白い息が舞う。その息の白が、そのまま奈保子さんの声をホワイト・トーンに染めているような印象です。息を吐くと同時に、小さな雪景色が一瞬目の前に広がるかのような白。寒いから白なのですが、温かな息だからこその白でもあります。奈保子さんのホワイト・トーンからは、厳しい冬の寒さと同時に、心の温かさ、あるいは想い続けている人に対しての静かな炎のような情熱も感じられます。

寒さの白と、情熱を秘めた白と。
奈保子さんの歌声に宿るニュアンスは無限ですね。

サビは英語(♪And if it's only tonight I will believe~)。“一夜限りとわかっているのなら、別の人に抱かれてもかまわない”という内容なので、こと奈保子さんの歌にあっては、無理に日本語に変換するより元の英語で歌ったほうがいいですね。また、アルバム「ナイン・ハーフ」の他の曲と同様、ここでもサビはコーラス風の音作りになっていて、奈保子さんの普段の声とは違う印象に仕上がっています。

  真冬のカモメはただ淋しさに
  鳴くしかないね
  歌でも歌って wow wow 泣くしかない

2番まで終わると、上記の歌詞が新しい旋律によって歌われます。ここからがこの曲の真の聴きどころ。カモメは「鳴くしかない」、わたしは「泣くしかない」。奈保子さんの格調高き「鳴き(泣き)」の表現は、聴く人の心をギュッと捉えて離しません。

そしてサビがもう一度繰り返された後、後奏のギターで、カモメとわたしの「鳴き(泣き)」のデュエットが音で描かれるのも、この曲の素晴らしいところ。この後奏はとても長く、「カモメとわたしのデュエット」は徐々にクレッシェンドし、音による壮大な絵巻物となります。当時のAORの腕っこきミュージシャンたちが競うように奏でるギター・サウンドに、ただただ圧倒されるばかりです。

2019年1月10日木曜日

【2019年】新年のご挨拶


あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年はほんとうにひさしぶりに、なんと21年ぶりに奈保子さんの肉声がラジオで流れたという嬉しい出来事がありました。リアルタイムの記憶がほとんどない私にとっては、もう本当に奇跡というか、神様がお話されている感じと言いますか。玉音放送ってこういう感じだったのかしら、なんていうことまで想像してしまいました。

嬉しかった半面、奈保子さんには今後も平穏、平静にお過ごしいただきたい、という気持ちの方が今は強いです。平成の世は終わりますが、何事もなく、健やかに...。

報道によると、奈保子さんはオーストラリアでの日常の中で音楽とはずっと関わっていらっしゃるとのこと。時折そのような記事を目にするだけで、私たちの心にはおぼろげながら「音楽」が鳴り響きます。奈保子さんはどのような音楽を響かせていらっしゃるのだろう――その想像が各人の心の中に響かせる「音楽」です。その「音楽」はとても美しいものです。しかし、実際に奈保子さんがピアノを弾いたり、鼻歌を歌ったりして響かせている音楽は、私たちの想像を超えた“妙なる調べ”であるに違いありません。想像は、果てしなくひろがっていきます。

さて、世の中は「2020」に向かって、足元のおぼつかないまま進んでいるような、しかし、その巨大な流れにはもはや少しの抵抗すらできないような、そんな「2019」の現在にいる私たちです。「2020」は、とにかく盛大に飾られて過ぎていくのでしょう。

しかし、私には「2021」や「2022」が心配です。無理がたたるのが目に見えています。少なくとも、このブログを読んでくださるような奈保子さんファンの方々は、奈保子さんがなんと還暦を迎える「2023」あたりを念頭に、いかにその時を充実した状態で迎えられるかを考えながら、過ごしてみませんか。ずいぶん先のように感じられても、実は4年後。すぐに来てしまうでしょう。準備、準備。

皆さまの2019年(平成31年)が健康で、実り豊かな年となりますように。
そして今年も、奈保子さんをご一緒に応援していければ、幸いです。

2018年12月26日水曜日

「再会」から5年


小学生の頃のおぼろげな記憶以来、私が奈保子さんに「再会」したのが、忘れもしない2013年12月26日。今日で5年が経ちました。

この5年間、奈保子さんの音楽は私の心のどこかでずっと鳴り続けていました。そして、嬉しい時は一緒に歌ってくれたり、落ち込んだ時は励ましてくれたり、とりたてて何もすることがない時はその時間を美しくかつ陰影のある音楽で埋めてくださったり、本当にいつも寄り添っていただいていました。感謝しても、し切れません。奈保子さん、本当にありがとうございます。

奈保子さんの音楽をきっかけとして、自分の興味を広げることもできた5年間です。奈保子さんと時代を共にする1980年代の歌謡曲はもちろん、ちょっと前の太田裕美さんの曲や、残念ながら奈保子さんとはほぼ接点のなかった松本隆さんや大瀧詠一さんの作品にも、強烈に惹かれました。しかし、いつも奈保子さんのところに戻ってきます。何故これほどまでに奈保子さんの音楽に惹かれるのか――それは以前書いた通りです。ひさしぶりにその文章(2015年6月1日投稿「何故私は奈保子さんに惹かれるのか」)を読み返してみて、今もまったく変化していないことに気づきました。「きれいなもの」に対する、届きそうで届くことはない、渇望にも似た「憧れ」が、私の中にはつねにあります。

今宵は奈保子さんとの「再会」の記念日。5年前のあの日、YouTubeで見た「スマイル・フォー・ミー」(1981年紅白歌合戦の時の映像)を見ながら、初心に帰ってみたいと思います。

2018年10月12日金曜日

『わたぼうし翔んだ』復刊リクエスト


ご無沙汰して失礼しております。
奈保子さんファンの皆さま、お元気にお過ごしですか?

最近、やや忙しさが、もともと限界値の低い私のその値をはるかに超えることが多くなり、なかなか奈保子さんの音楽を落ち着いて聴く時間が取れなくなってしまいました。奈保子さんを聴かないと、精神的なダメージが大きくなるため、移動時間やイヤホンをしながらの仕事で平気な場合は、もちろん奈保子さんの曲を流しています。しかし、それでは、きちんと聴いたことにはならないのです。奈保子さんが、魂を込めて音を吹き込んだ音盤やライブ収録の数々は、“ながら聴き”を簡単には許さないところがあります。当然ですよね。奈保子さんの曲の場合、音が鳴りやむ瞬間、すなわち沈黙の時間も大変重要で、私はその沈黙の時間も奈保子さんの音楽としてとらえたいのです。ああ、早く忙しさから解放されたいなぁ...!

そんなこんなで、私が不在にしている間に、奈保子さんのご著書『わたぼうし翔んだ』の復刊を呼びかける運動が起こっていました。教えてくださったss1058さん、ありがとうございました。

詳しくは、ss1058さんの動画をご覧いただければと思いますが、『わたぼうし翔んだ』は一般的ないわゆるアイドル本の内容を大きく翔び超えた、音楽と人生の本であると私は思っています。奈保子さんの類まれな音楽、そして人間としての誠実さがどこから生まれてくるのか、その一端に触れることのできる素晴らしい本であり、私も復刊には大賛成です。






100票集まれば、復刊に向けて動いてくれるかも...とのことです。
皆さまのご協力を心よりお願い申し上げます。

復刊ドットコムのサイト
https://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=67035

2018年8月28日火曜日

【アルバム簡単レビュー】Twilight Dream


作家陣はほぼファーストと同じ。キープコンセプトで、3rdシングル「愛してます」と4thシングル「17才」を中心に据えたアルバムづくりながら、ファーストよりぐっと奈保子さんらしい溌溂とした精神が漲ったセカンド・アルバム。

新品で買ったジーンズが、最初はゴワゴワして心地悪かったものが、履いていくうちにどんどん自分の体にフィットしてきて、そのうちまるで自分の体の一部になったかのようになじんでゆく...。1stアルバムで感じられた奈保子さんと「レコーディング」の間にあったゴワゴワ感が、このアルバムではほとんど解消されて、奈保子さんが自分の声を信頼して、自在にのびのびと歌っている様子がサウンドの背後に浮かんできます。奈保子さんは早くも「レコーディング」という儀式をご自分のものにしてしまったようです。(クラシックの演奏家でも、普段のコンサートではのびのび演奏しているのに、レコーディングになると変に委縮してしまい、持てる能力を発揮できない人が少なくありません。)

私は、特にB面が好きです。A面の倍以上は聴いてますね。「ハートはもう春」の初々しさ、「イチゴタルトはお好き?」のキテレツ感(笑、ただし奈保子さんは真剣に歌っていらっしゃいます。それがいいのです!)。その鮮やかな対照。その後を、シングルとは別テイク(再収録)による「17才」の完璧な歌とサウンドがガッシリ受け止めます。実は隠れたアイドル・ソングの名品と言える「ふたりのWonderland」が、奈保子さんのアイドルとしての正統性を品よく主張し、最後は奈保子さん初のバラード「Twilight Dream」の美しい抒情で締めくくります。後年のアルバムのようにコンセプチュアルな選曲・構造ではありませんが、純粋に音楽の流れとして、これよりほかに考えられないほどバランスよく配置されています。

比べるとA面は、「愛してます」「そしてシークレット」「キャンディー・ラブ」というシングル系を多く収録したためか、並び自体にやや寄せ集め感が出てしまいました。B面が良すぎるのですよね。

ファーストに比べ、格段に奈保子さんらしい上質な歌と伸びのある声が聴けるセカンド・アルバム。名盤だと思いますが、まだ足りないものがあるとすれば、“夏”のカラッとしたイメージでしょうか。「スマイル・フォー・ミー」でのあの胸のすくような飛躍まで、もう少しです。

2018年8月21日火曜日

手紙 180821


奈保子さん、お元気にお過ごしですか。
今日は本当に取るに足らないお手紙です。

奈保子さんはお酒はたしなまれますか。たしなむ程度なら、お酒は人生のまたとない友になり得ますよね。ただ、私はたまに飲み過ぎてしまいます。ひさびさに昨夜、やってしまいました。赤ワインのフルボディを一本、空けてしまいました。ちょうど村上春樹さんの「騎士団長殺し」を読んでいて、グラスにウイスキーを注ぐ時の音を「親しい人が心を開くときのような音」と表現していたので、ちょっと高級なワイングラスにコルク栓を抜いたばかりのワインを注ぐ音もそんな音のように感じ、料理もそこそこに、ゆっくりとしたペースながら、しみじみと飲み続けてしまいました。

結果、寝落ちして、二日酔いの朝を迎えました(笑)。

そんな朝に、アルバム「Summer Delicacy」のB面をかけました。いつもよりやや音量を控えめにして。すると、私にとっては一番大切な、聴き慣れたアルバムに刻まれた音たちが、いつもとは違うように聴こえてきました。それは、言ってみれば、透明な朝の光、澄んだ空気、おいしい水のようでした。私は、からだの自然な欲求として、そのみずみずしい音たちをたっぷりとからだに吸収しようと、聴きながら何度も深呼吸しました。自分のからだを構成する小さな細胞たちが、ぽこぽこと目覚めていくのを感じました。

二日酔い特有の、重く淀んだ頭痛が、しだいに引いていきます。

奈保子さんは後年、環境音楽に取り組んでいらっしゃいましたが、自然を取り込んだ音楽が人間のからだにどう作用するか、という研究も、その取り組みの中で行っていらしたのではないかと想像しています。簡単に言えば「癒し」なのでしょうけれども、もっと深い、たとえば「再生」のような機能さえも、質の高い音楽は備えているのではないでしょうか。

今度二日酔いになったら、奈保子さんの環境音楽的なアルバムをセレクトしてみますね(笑)。


2018年7月24日火曜日

Twenty Candles


作詞:売野雅勇
作曲:大村雅朗
編曲:大村雅朗

奈保子さん、お誕生日おめでとうございます!

奈保子さんとご家族の皆様がお元気にお過ごしになられていることをお祈りしながら、たくさんの奈保子さんファンの方々とともに、今年もこの日をお祝いしたいと思います。

お誕生日と言えば、やっぱり「It's a Beautiful Day」(1983年7月21日発売)ですよね。奈保子さんの二十歳を記念して制作されたミニ・アルバムです。フルサイズのLPに片面3曲ずつ、45回転で収録されています。音質面でかなり有利ですね。当時は、アコースティックなサウンドからシンセサイザーや打ち込み系のサウンドに急速に変化していた時代ですが、ここで起用されているアレンジャーたちのセンス故か、奈保子さんの声質に寄り添った上品な音作りがなされていると感じます。(アレンジは鷺巣詩朗さん、瀬尾一三さん、大村雅朗さんがそれぞれ2曲ずつ担当。)

アルバムに収録された6曲は、誕生日をお祝いするアルバムにふさわしく、ちょっぴり甘く、ちょっぴり感傷的な曲がほとんどです。しかし、今回取り上げる「Twenty Candles」だけは、大人路線(挑発路線)へと急速に舵を切ることになった13thシングル「エスカレーション」(1983年6月1日発売)と同じ方向を向いていて、このアニバーサリーアルバムの中でピリッとした辛口のアクセントになっています。

奈保子さんの曲では30曲以上のアレンジを担当している大村雅朗さんが、唯一作曲まで担当しているのが「Twenty Candles」です。昨年出版された『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』を見ますと、大村さんの本分は、やはり作曲ではなく編曲にあったと言えそうです(正確に数えたわけではありませんが、手がけた編曲が約1,700曲に対して、作曲はうち約120曲にとどまっています)。私は、歌謡曲における作曲家と編曲家の役割分担が一般的にどうであったのか、詳しいことはわかりませんが、例えば「スマイル・フォー・ミー」の大村さん編曲版と船山基紀さん編曲版とを聴き比べると、作曲家(ここでは馬飼野康二さん)が作った骨格に、いかに血を流し、肉を与え、どのようなキャラクターの生命体(=音楽)を作り出すかという実に重要な仕事が、編曲家の役割であることが分かってきます。大村編曲と船山編曲では、同じ曲とは思えないほど印象が違うのです。したがって、「編曲」は「作曲」以上に、そのアーティストのプロモーションにも影響してくる仕事と言えるかもしれません。大村さんが90年代に入り、アーティストのプロモーションの仕事を本格化させたいと語っていたのは、自然ななりゆきだったのでしょう。

奈保子さんのプロモーションを大村さんが担当していたら...などと想像してしまうことをお許しください。もしも大村さんだったら、特に「ハーフムーン・セレナーデ」以降の売り出し方やサウンドの傾向がまるで変わっていたでしょうし、奈保子さんにしても、その時その立場にいた売野雅勇さんより音楽の話は格段にしやすかったでしょうね。また、その時期、メインでアレンジを担当していた瀬尾一三さんは、単に“お仕事”として関わっただけで、奈保子さんの音楽に共感していたわけでも、その活動に協力的だったわけでもありませんので(※)、大村さんが付いていらっしゃったら、お二人の共同作業によってどんなに鮮やかなサウンドが生まれたか、想像するだけでもワクワクしてきます。

※昨年放送された「ラジオ瀬尾さん」参照(未聴の方は「ラジオ瀬尾さん+河合奈保子」で検索してみてください)。奈保子さん支持者としては、眉をひそめる言い方も瀬尾さんはされていました。

さて、「Twenty Candles」のアレンジは、大村さんのちょっと神経質なまでの感覚の鋭さがそのままサウンド化されたかのように、聴き手の皮膚に突き刺さるチクチクとした感触、あるいはヒリヒリとした痛みをリアルに伝えてきます。テンポも速く、一度聴き始めたら、聴き手はその危険な刺激から逃れることはできません。しかも、奈保子さんの歌が、他の曲での甘い歌声から一転、この曲ではアレンジの音調に完全に同化し、切れ味鋭いナイフのような蒼白い光を湛えています。二十歳の女性の“危うさ”を前面に出した売野さんの詞は相変わらずあまり好きになれませんが、ここでの大村さんの曲は、筒美京平さんの曲以上に直球で、疾走感がほとばしっていて、奈保子さんのポップスシンガーとしての新たな魅力を引き出しているようです。

例えば、サビの♪明日から20歳なの~を聴いてみましょう。細かくビートを刻んでいるのは実際はバンドだけで、奈保子さんの歌の音符を辿ってみると、どちらかと言えば動きの少ない、平坦なメロディーになっています。この音符の連なりから疾走感を引き出すことは、並大抵の歌手にはできません。私の印象では、歌い過ぎないこと、感情を込め過ぎないことがキーになっていると思います。歌が前に出しゃばることを抑制し、楽譜に記された通りのリズムと音程を保ち、バンドの一部になったかのようにふるまうこと。大人になることへの不安やいらだち、あるいは矜持といった複雑な感情は、「正確な音」というガラスのむこう、すなわち見えるけれど直に触れることはできない場所にあえてとどめておくこと。このような音楽へのアプローチは、やはり器楽的です。「奈保子さんの歌は器楽的」とこれまでも私はよく形容してきましたが、そうすることがベストと判断される状況で、完璧にそうできる技術と感性は類い稀なものであった、とあらためて感じます。

2018年6月21日木曜日

恋の Doki Doki Train


作詞:康珍化
作曲:服部清
編曲:若草恵

歌いだしから最高なんですよね~。

  シュラッシュ シュラッシュ
  汽車は走る 夢をのせて あの街へ

遠くに見える汽車が次第にこちらに近づいてくるように、小さい音から一直線にクレッシェンドするイントロの勢いに乗り、奈保子さんの声が♪シュラッシュ シュラッシュ~と歌いだすこの曲の爽快感は本当にたまりませんね。

「恋の Doki Doki Train」は、奈保子さん初のベストアルバム「Angel」(1981年11月25日発売)の幕開けを飾る曲です。

アルバムに収録された全12曲のうち、「恋の Doki Doki Train」と「ロンリー・ロンリー」、それに「スマイル・フォー・ミー」と「ムーンライト・キッス」のUnreleased Version(要はシングルで採用されなかった編曲版)が初出。

この初出の4曲における奈保子さんの歌唱は本当に素晴らしく、聴くたびにその声の透明感と張り、発音のきれいさと抜群のリズム感に脳天がしびれます。否、他の曲における奈保子さんの歌唱もそういう素晴らしさはあるのですが、その美点が高められ、極めて洗練、集約された形で示されているのがこの4曲である、と言い換えたほうがいいかも知れませんね。

編曲の良し悪しはさておき、シングル曲2曲の歌唱を聴き比べれば、奈保子さんの歌手としての本領が十全に発揮されているのはUnreleased Versionのほうであることは明白でしょう。おそらく、シングル版より後にレコーディングされたものと想像しています。十分に歌い込まれた跡が窺えますし、歌いまわしや言葉のさばきなどには大家の余裕みたいなものすら感じられます。♪おとずれたの はじめての恋~(「スマイル・フォー・ミー」の2番)や♪秋の気配の 潮風が~(「ムーンライト・キッス」でこぶしをきかせるところ)での、無限に形を変えてゆく雲のような柔軟性を備えたフレージング!本当に奇跡のような素晴らしさです。この時期の奈保子さんの歌の特徴は「ハネる感じ」などと言われますが、けっしてそれだけではないということがよくわかります。

「恋の Doki Doki Train」で印象に残るのは、「シュラッシュ」や「ドックンドックン」といった擬音語の扱いです。奈保子さんは、やっぱり奈保子さんの流儀をここでも通していて、このような擬音語の扱いでよくありがちな演技めいた、あるいはセリフめいた表現には一切関心を示さず、極めて音楽的に、つまり楽譜に書かれている音符を音符として大切に扱っています。

「シュラッシュ」を例にとれば、普通のアイドルであれば音符を度外視して、無邪気にはしゃぐように、あるいは本当の汽車の音をモノマネするように歌うのもアリだと思いますし、一般的にはむしろそういう微笑ましいアクションのほうがウケていたのだろうとも思います。作詞者、作曲者も、基本的には曲が売れてほしい訳ですから、そういう“わかりやすさ”を内心望んでいた可能性もあります。

しかし、奈保子さんのやり方は違いました。完全に音楽的なアプローチです。たった3つの音ですが、その音程、リズム、タイミング、発音を鋭い感覚で研ぎ澄ませていくと、その3つの音だけで、これほどまでに上質な音楽になってしまうのか、と感嘆を禁じえません。ややスタッカート気味に音符を扱うことで、音楽に推進力を与えてもいます。さらに、この3つの音はサビのメロディーとして重要な音符で、すぐ後の♪夢をのせて~の音符と呼応するものであることも、奈保子さんの頭の中ではすっきり見通せていたのだと思われます。(♪夢をのせて~の下で同時に低い声の男声コーラスが「シュラッシュ」と歌うのですぐにお分かりになると思います。)

「ドックンドックン」では、同時に演奏される男声コーラスとドラムスの音に主役を譲り、奈保子さんは一歩引いて抑制された音を発することで、かえって抑えきれない胸の高鳴りをリアルに再現してしまっています。奈保子さん、さすがです。

はっきり申して、曲も詞も、取り立てて優れているとは言えない気がします。その点はアルバム2曲目の「ロンリー・ロンリー」に譲りましょう。しかし、歌い手がいいと曲や詞の品格が何段階も上がってしまうということの好例がここにありますね。「恋の Doki Doki Train」は、音楽愛に溢れた奈保子さんの歌唱表現によって、上品なアイドルポップスの域にまで押し上げられたと言えるでしょう。

ちなみに、作詞の康珍化さんも、作曲の服部清さんも、奈保子さんの曲ではほとんど目にしないお名前です。他には、この作詞作曲コンビで「危険な恋人」(1983年12月21日発売の2枚目のベストアルバム「プリズム」に収録)があるだけのようです。


2018年5月7日月曜日

【アルバム簡単レビュー】LOVE


記念すべき奈保子さんのファースト・アルバム。奈保子さんがアイドルとして、シンガーとして、シンガーソングライターとして、これから急激に成長していくそのスタート地点の記録として、とても重要なアルバムだと思いますが、まだまだ奈保子さんの本領は発揮されていない、というのが私の感想です。

それ故、あまり頻繁には聴かないアルバムです。歌を収録しなおした「大きな森の小さなお家」と「ハリケーン・キッド」がやや大人しくなってしまって、粗削りながら元気いっぱいのシングル版のほうが曲にマッチしていたような気もします。ちなみに、「青い視線」はオケのアレンジにやや手が加えられています。全体的には、とても丁寧に作られたアルバムという印象で、奈保子さんをアイドルとして、歌手として、大切に育てていこうとする事務所やレコード会社の方針もうかがえます。

シングル曲以外では、「甘いささやき」と「素肌の季節」が、アイドル・ソングとしても、初期奈保子さんの歌声とのマッチングという点でも秀逸だと思います。背伸びした大人っぽさと青春の切なさは、この年齢(当時17才)の奈保子さんでなければ表現しえなかったものでしょう。いずれも川口真さんの作曲ですが、他は馬飼野康二さん、水谷公生さんという奈保子さん初期を強力に支えた作曲家たちが脇を固めています。

ラストの「LOVE」だけは林哲司さんの作曲で、ややニュー・ミュージック系。奈保子さんもさらりとした歌い方にギアチェンジしています。こういう方向でも勝負できてしまうことを、奈保子さんはすでにファースト・アルバムの時点で、さりげなく宣言していたわけですね。

手書きの歌詞カードは、たまに奈保子さんの自筆と言われますが、違います。また、初出LPでは奈保子さんがイヤホンしているお写真が左右逆でしたが(八重歯ですぐわかります。ポジフィルム時代はよくあったミスですね)、2007年発売のボックスセット「NAOKO PREMIUM」では修正されました。

――
【アルバム簡単レビュー】について
アルバムについての短いレビューを書いて、それを上のメニューにある各アルバムのデータにも流用していこうと思います。どうしたって独断と偏見の内容になってしまいますが、アルバムの性格を大づかみにも把握していただいた上で、各曲の記事を読んでいただければ、よりスムーズに奈保子さんの歌の世界に入って行けるのではないかと考えました。
引き続き、よろしくお願いします。